高木家の惨劇

高木家の惨劇

『高木家の惨劇』（たかぎけのさんげき）は、日本の作家、角田喜久雄によって執筆された三人称視点の長編推理小説です。発表当時の別題としては『銃口に笑ふ男』や『蜘蛛を飼ふ男』といった名称でも知られています。

概要

本作は1947年5月、雑誌「小説」に『銃口に笑ふ男』という題名で一挙に掲載されました。角田喜久雄が生み出したシリーズ探偵、警視庁捜査一課長の加賀美敬介が活躍する長編第一作であり、シリーズ全体を見ても実質的に最も初期に執筆された作品です。横溝正史の『本陣殺人事件』や『獄門島』、高木彬光の『刺青殺人事件』、坂口安吾の『不連続殺人事件』などと並び、戦後間もない日本の推理小説界において、その発展を牽引した代表的な作品の一つと位置づけられています。巧みに組み合わされた多様なトリック、そして生き生きと描かれる登場人物たちの描写が高く評価されており、日本ミステリー史に残る傑作として不動の地位を占めています。

あらすじ

物語は1945年11月7日午後三時、戦後の混乱期を背景に始まります。警視庁捜査一課長の加賀美敬介は、たまたま立ち寄った日比谷の喫茶店「リベラル」で、注文した飲み物に蜘蛛が入っていたと激しく騒ぎ立てる若い男を目撃します。その同時刻、件の若者、高木吾郎の自宅である鷺ノ宮の資産家、高木家では、当主の高木孝平が自室で睡眠中に何者かに射殺されるという事件が発生していました。加賀美は、喫茶店での吾郎の騒ぎが事件発生時刻における巧妙なアリバイ工作ではないかと推察し、捜査を開始します。

捜査が進むにつれて明らかになるのは、被害者である高木孝平が、かつて子爵であった名家の末裔でありながら、酷薄かつ好色な人物で、その人非人ぶりから高木家の家人、親族、そして使用人の多くに嫌われていたという事実でした。息子である吾郎をはじめ、彼ら容疑者候補にはそれぞれ孝平を恨む動機が存在し、中には拳銃の扱いに習熟している者もいるようでした。しかし、捜査線上に浮かんだ関係者全員が、犯行推定時刻には鉄壁のアリバイを持っていることが判明し、捜査は難航します。やがて、捜査がさらなる深みへと進み、これまで知られていなかった新事実が次々と明らかになる中で、事態は予測不能な新たな展開を見せ始めます。

登場人物

高木家の関係者

高木孝平: 高木家の当主。57歳。元子爵で鷺ノ宮に広大な地所を持つ資産家ですが、酷薄な性格で周囲から嫌われています。8年前に妻を発狂させ、自殺に追いやったとされています。自宅寝室で射殺死体として発見されます。
青島勝枝: 孝平の妹。43歳。フランス駐在外交官との短い結婚生活の後、3年前に離婚して高木家に戻ってきています。陰気で表情に乏しい人物です。
高木吾郎: 孝平の一人息子。23歳。父とは別居していますが、生活苦から援助を求めるも拒絶され、父への憎しみを募らせています。軍隊経験があり、拳銃の扱いに慣れています。
大沢為三: 孝平の従兄弟。51歳。吝嗇家で練馬に一人暮らし。自家栽培の野菜を闇で売って生計を立てています。孝平の死による遺産分配を期待しています。
丹羽登: 孝平の甥。30歳。品川に下宿する独身者。警視庁ともコネクションを持つ大前田興信所の所員で、優れた調査能力を持ちます。奇術師ハリー・フーディーニの熱狂的な信奉者であり、冷笑的な態度をとります。物語の中盤まで所在がつかめません。
山城友子: 高木家の女中。20歳。半年前から働く痩せた青白い娘。見た目はやや可愛らしいとされます。姉もかつて高木家で働いていましたが、孝平に手込めにされ、捨てられた過去があり、友子の動機となり得ます。
伊藤京子: 高木家の女中。28歳。事件の4日前に雇われたばかり。口数が多く、好奇心旺盛な人物です。

捜査陣

加賀美敬介: 警視庁捜査一課長。本作の探偵役であり、ヘビースモーカーの巨漢として描かれます。
戸田刑事部長、五十嵐警部、峰刑事、片桐刑事、入江刑事らが加賀美の指揮下で捜査にあたります。

その他

根本：高木家の顧問弁護士で、孝平の遺言書を作成しました。
斉藤文助：事件の重要な証人となるルンペンです。
加賀美の妻・娘：加賀美のプライベートな側面として登場します。

書誌

本作は発表以降、いくつかの版を経て刊行されています。主なものとしては、1950年に岩谷書店より『蜘蛛を飼ふ男』の書名で刊行された岩谷選書版や、1955年の春陽堂版、1959年の講談社版『角田喜久雄・高木彬光集』などがあります。また、春陽堂文庫や講談社の角田喜久雄全集、創元推理文庫の日本探偵小説全集にも収録されており、現在でも入手可能です。

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