高砂太夫

高砂太夫（たかさご たゆう）は、昭和16年（1941年）4月1日に京都の地、特に島原遊廓に近い下京区で生を受け、平成31年（令和元年）5月23日にその生涯を閉じた元島原太夫です。本名を櫛田一栄（くしだ かづえ）といい、古くから花街として栄えたこの地域で生まれ育った数少ない太夫の一人として、その存在は貴重でした。

生家は髪結いを生業としており、幼い頃から母が太夫や芸妓といった花街の女性たちの髪を結う姿を間近で見て育ちました。この環境が、自然と花街の文化や美意識に触れる機会となり、後の太夫としての人生の土台を築いたと言えるでしょう。幼少期からは、太夫に求められる高い教養と芸の基礎を身につけるため、舞踊や茶道などの伝統的な稽古に励みました。

そして、昭和38年（1963年）3月、島原の由緒ある屋形（置屋）である『菊春楼』にて、正式に太夫としてお披露目されるに至ります。太夫となってからは、屋形での座敷勤めを中心に活動しました。お客様との一期一会の出会いを大切にし、洗練された会話術や芸で座を盛り上げる太夫の役割を全うしました。

また、島原の伝統を守り伝える存在として、様々な行事にも積極的に参加しました。特に、京都市北区鷹峯にある常照寺で毎年4月の第三日曜に執り行われる、江戸時代に活躍した吉野太夫を偲ぶ「吉野太夫花供養」では、中心的な役割を担い、多くの人々に島原の文化や太夫の姿を伝える機会となりました。このような場での活動は、島原の伝統文化を現代に繋ぐ上で非常に重要な意味を持っていました。

太夫としての活動に加え、島原文化の普及にも努めました。平成19年（2007年）秋にTBS系で放送された時代劇テレビドラマ『輪違屋糸里』では、太夫という存在を正確に描くため、「太夫指導」として制作に協力。太夫の装束、言葉遣い、立ち居振る舞いなどを指南し、作品のリアリティを高めるのに貢献しました。

晩年には、かつての生家であった場所で『くし菊』という屋号の結髪屋を営んでいましたが、置屋としての正式な許認可を持たない形で、太夫「菊川」を名乗る女性を店に置き、観光客向けに島原の歴史や太夫の文化を紹介するという、独自の活動も行っていました。これは、衰退が進む島原において、太夫文化に触れる機会を提供し続けたいという強い思いからだったと考えられます。しかし、平成30年（2018年）3月に「菊川」が失踪した後、自身の健康状態、特に認知症などの持病が進行したことにより、店の維持が困難となり、やむなく活動を終えることとなりました。

島原最後の太夫の一人として、その生涯を島原の伝統と文化に捧げた高砂太夫は、平成31年（令和元年）5月23日、78歳で京都市内で永眠しました。その生涯や島原の文化に関する記録として、晩年に関わったとされる書籍『京をんな 太夫として生きる』（2019年 橋本広告事務所）が出版されています。かつては公式サイトも存在し、情報発信を行っていましたが、現在は確認できない場合が多いようです。

高砂太夫の存在は、失われつつある島原の太夫文化を、生きた証として現代に伝えた貴重な一人であり、その功績は島原の歴史に深く刻まれています。

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