高等遊民

高等遊民：近代日本の知性と矛盾

明治時代から昭和初期にかけて、日本社会に存在した特異な存在「高等遊民」。彼らは高等教育を受け、経済的な不安もなく、官僚や会社員といった職業に就かず、読書や学問、趣味に没頭して過ごしました。本稿では、高等遊民の実像、社会背景、文学作品における描写、そして終焉に至るまでの歴史を多角的に考察します。

定義と語源

高等遊民とは、大学などの高等教育機関を卒業しながらも、職業に就かず、学問研究や趣味に時間を使う人々のことを指します。経済的な困窮とは無縁であり、いわば裕福な自由人と言えるでしょう。この言葉が広く用いられるようになったのは明治時代から昭和初期にかけてで、『読売新聞』1903年の記事が、現存する最古の言及例として挙げられます。

当初、高等遊民は、上級学校への進学や卒業後の就職が困難だった者の一部を指すこともありました。高度な知識を持ちながら職に就けない彼らは、社会主義や無政府主義などの思想に傾倒し、社会問題の一因となるのではないかと懸念された側面もありました。

しかし、高等遊民の多くは、生産的な活動とは無縁に、優雅な日々を送り、自身の興味関心に従って学問や趣味を追求していました。夏目漱石の小説『それから』の長井代助や『こゝろ』の先生、川端康成の『雪国』の主人公など、文学作品においても頻繁に描かれ、その存在が社会的に認知されていました。石川啄木は、旧制中学校卒業後、父兄の財産を食いつぶして生活する者をも高等遊民と捉えていました。

社会背景と文学への影響

高等遊民という存在は、近代日本の特異な社会構造と深く関わっています。急速な近代化の中で、教育水準は向上しましたが、それに対応した職業の増加は必ずしも追いついていませんでした。高等教育を受けた者が、必ずしも社会に適合できる仕事に就けるとは限らなかったのです。

また、彼らの生活は、裕福な家庭環境に支えられていました。経済的な不安を抱えることなく、自身の興味関心に従って生きることができたのは、特権的な立場にあったと言えるでしょう。

文学作品においては、高等遊民はしばしば複雑な内面と葛藤を抱えた人物として描かれました。社会への適応や自己実現といった普遍的なテーマが、高等遊民という存在を通して表現されているのです。

終焉

昭和初期の満州事変や日中戦争勃発に伴う軍需景気により、高等遊民問題は徐々に解消されていきました。就職難が解消されたこと、そして国家総動員体制下で戦争への動員が進んだことで、高等遊民は社会の枠組みの中に組み込まれていったと言えるでしょう。

江戸時代からの系譜？

興味深いのは、江戸時代にも高等遊民に似た存在がいた可能性があるという点です。岡本綺堂の「半七捕物帖」には、旗本の次男や三男といった、職を持たずに暮らす武士階級の人々が描かれています。彼らは、高度な教育を受けていたにも関わらず、その才能を生かす場を持たず、鬱屈した生活を送っていたと推測されます。この点において、江戸時代の武士階級の子弟と近代日本の高等遊民には共通点が見られると言えるでしょう。

結論

高等遊民は、近代日本の社会構造と個人の生き方という複雑な問題を象徴する存在でした。彼らの存在は、近代化の光と影を同時に示しており、現代社会においても、教育と職業、そして個人の生き方について考える上での重要な示唆を与えてくれると言えるでしょう。彼らを取り巻く社会状況の変化が、彼らの存在そのものを終焉へと導いたという点も重要な考察材料と言えます。

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