鬢

鬢（びん）と小鬢（こびん）

鬢（びん）とは

「鬢（びん）」とは、人の頭髪のうち、耳の脇から側面に沿って生えている部分の髪の毛を指します。現代の髪型で言うと、「サイド」と呼ばれる側頭部の髪の中でも、顔に近い前方寄りの部分に概ねあたります。

かつての日本では、特に男性の髪型において「鬢」は非常に重要な部位でした。例えば、江戸時代などに行われた頭頂部を剃り上げる「さかやき（月代）」という髪型では、頭部の他の部分は剃られるか結い上げられる中で、鬢は側頭部に髪が残る領域として明確に区別されました。右の図などで見られるように、剃り上げられたさかやきの横に残る髪が「鬢」です。

鬢の形やボリュームは、顔の輪郭や全体の印象に大きく影響を与えるため、古来より様々な工夫が凝らされ、多様なヘアスタイルが生まれてきました。江戸時代中期に流行した「灯籠鬢（とうろうびん）」は、鬢を横に大きく張り出させた特徴的な髪型として知られています。

また、「鬢」は社会的な側面も持ち合わせていました。過去には、特定の罪や違反に対する制裁として、片方の鬢を剃り落とす「片鬢剃り（かたびんそり）」という風習が存在しました。これは古い時代から行われていたようで、『御成敗式目』第三十四条にもその記録が見られます。

「鬢」という言葉そのものは、少なくとも平安時代末期には既に使われていたことが確認されています。九条兼実の日記『玉葉』には、「其鬢不正、月代太見苦、面色殊損」（その鬢は整っておらず、月代もひどく見苦しく、顔色も特に損なわれている）という記述があり、当時から容貌の重要な要素として認識されていたことがうかがえます。

小鬢（こびん）とは

「小鬢（こびん）」は、「鬢」の一部であり、より顔に近い前縁部分、具体的には頭の左右の前側面、こめかみのあたりに生える髪を指します。この部分は「出額（でびたい）」とも呼ばれました。現代のヘアスタイルで言えば、「サイド」の中でも顔に沿う最前部の髪にあたります。

江戸時代の男性の間では、多くの場合、この小鬢の部分を綺麗に剃り上げるのが一般的でした。しかし、一部の武士などは、小鬢を剃らずに残しておくスタイルも見られました。

小鬢に関しても、鬢と同様に制裁の対象となることがありました。片方の小鬢を剃り落とす「片小鬢（かたこびん）」という風習が存在し、『太平記』（十四世紀頃）のような古い文献にも「小鬢」の語とともにこの風習が記述されています。

将棋用語としての小鬢

将棋の世界における「小鬢（こびん）」は、頭髪とは全く関係なく、将棋盤上の特定の場所や戦術を指す言葉として使われます。

将棋における小鬢とは、自分の玉（王将）や相手の玉・飛車の、斜め前のマス目を指します。特に、自玉または相手の玉の斜め前のマス目に、歩や金・銀といった守りの駒が配置されていない状態を「コビンがあいている」と表現します。玉のコビンがあいていると、斜めからの攻撃に対して脆くなり、相手に弱点として狙われやすくなります。

また、この「コビン」を狙って攻撃する戦術を「こびん攻め」と呼びます。主に角行を使って相手の玉や飛車のコビンにあたるマス目に利かせる形で攻めることが多く、相手の守りを崩す有効な手段の一つとされています。

もう一度検索