鼈甲

鼈甲：希少な天然素材とその歴史

鼈甲（べっこう）は、熱帯に生息するタイマイの甲羅を加工した工芸品です。タイマイの背と腹の甲羅を構成する最外層の角質鱗板を丁寧に剥がして作られます。半透明で、赤みを帯びた黄色に濃褐色の斑点が特徴です。色の割合によって価値が異なり、日本では黄色の割合が多いものが、西洋では褐色の割合が多いものが珍重されます。

語源と素材

「鼈甲」の「鼈」はスッポンを指します。本来はスッポンの甲羅を指していましたが、タイマイの甲羅を指すようになったのは、国訓によるものです。スッポンの甲羅は「土鼈甲」と呼ばれ、漢方薬として利用されます。しかし、タイマイの鼈甲とは構造が異なり、スッポンは上層の鱗板を欠いているため、正確には相同ではありません。

英語のtortoiseshellは「陸亀の甲羅」を意味し、タイマイを直接的に意味する語彙ではありませんが、鼈甲を指す場合もあります。また、錆び猫の色を表現する言葉でもあります。

鼈甲細工の技術と歴史

鼈甲細工は、中国で6世紀末頃から始まり、日本には飛鳥時代頃に伝来しました。正倉院にもその遺品が残されています。17世紀以降、長崎貿易を通じて加工技術と材料が伝わり、「長崎べっ甲」が誕生。その後、大阪、江戸へと広がり、「長崎べっこう」、「なにわべっこう」、「江戸べっこう」の三大産地が形成されました。

鼈甲細工は、熱を用いて鼈甲の素地を圧着し板状の加工ベースを作成するところから始まります。このベースには、圧着時の部位によって「白甲」「黒甲」「オレンジ甲」「バラフ甲」「トロ甲」など、様々な色目の種類があり、特に日本の繊細な加工技術においては、これらの色目の区別が明確です。これらの色目を組み合わせ、図柄を表現したり、象嵌や蒔絵を施すこともあります。単色製品では、透き通る黄色の白甲が珍重されます。一般的に「鼈甲柄」と呼ばれる模様は、バラフ甲やトロ甲のイメージに近いです。

江戸時代には、眼鏡のフレーム（徳川家康の眼鏡が有名）、櫛、かんざし、帯留め、ブローチ、ボタンなど、様々な装飾品に加工され、広く普及しました。現代ではプラスチック製品に取って代わられましたが、「鼈甲柄」を模倣した製品も多く見られます。

鼈甲製品は汗や整髪料に弱いため、特に肌に触れる製品はこまめな手入れが必要です。しかし、天然のタンパク質で人の体温によって微妙に変形する特性から、眼鏡フレームなどでは、鼻当て部分が顔の形にフィットし、ずれ落ちにくいという利点があります。かんざしなども、髪に挿した際にずれにくいことから、高価ながらも好まれる理由の一つです。

また、鼈甲は男性器や女性器を模した性具の材料としても用いられてきました。鼈甲の高価格帯から、水牛の角や馬の蹄を使った模造品も作られました。

ワシントン条約と取引規制

タイマイはワシントン条約により商業取引が禁止されています。日本は1980年にワシントン条約に加盟しましたが、当初はタイマイの取引には留保を付けていました。その後、業界の努力により1994年に留保が撤回されました。

加工業者は、禁止前に原料を確保したり、端材を有効活用することで対応しています。キューバは、タイマイを食用として捕獲し、原料の輸出を提案しましたが、ワシントン条約においては否決されました。

偽物と識別方法

高価な鼈甲は、江戸時代には奢侈禁止令で禁止され、ワシントン条約による規制からも、代用品や偽物が作られてきました。樹脂で本物そっくりに再現することも可能です。プラスチックが普及する以前は、牛の角や馬の蹄、スッポンの甲羅などが代用品として使われていました。

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