齋藤陽道

1983年9月3日、東京都に生まれた齋藤陽道は、写真家、エッセイスト、そして障害者プロレスラーとして知られる日本の表現者です。先天性の感音性難聴を持ちながら、写真、執筆、身体表現など多角的な活動を展開しています。

幼少期は一般の学校で学びましたが、中学校卒業後、東京都立石神井ろう学校（現在の東京都立中央ろう学校）に進学し、手話によるコミュニケーションを深めました。卒業後、社会人経験を経て写真の道を志し、大阪の写真専門学校に入学するも中途退学しています。この独自の教育背景や社会経験が、彼の表現の根幹を形成しています。

2007年からは、障害の有無に関わらず参加できるプロレス団体「ドッグレッグス」に所属し、「陽ノ道」のリングネームでプロレスラーとしても活動を開始しました。彼はこの舞台で身体表現の可能性を探求し、2009年には長らく無差別級世界王座を保持していた鶴園誠を破り、チャンピオンの座を獲得しました。その後、2016年には再び鶴園に敗れ王座を明け渡しましたが、プロレスを通じて己の身体と向き合い、社会との関わりを模索する姿勢は、他の活動にも通じるものです。

写真家としては、その類稀な視点と表現力が高く評価されています。2009年にキヤノン写真新世紀で飯沢耕太郎氏より佳作賞、翌2010年には佐内正史氏より優秀賞を受賞し、早くから注目を集めました。2014年には日本写真協会新人賞を受賞するなど、主要な写真賞を受賞しています。写真集『感動、』は2019年に権威ある木村伊兵衛写真賞の最終候補にも選ばれました。商業写真においても、俳優の窪田正孝氏の写真集をはじめ、Mr.Children、SEKAI NO OWARi、クラムボン、森山直太朗といった著名なアーティストたちの写真やミュージックビデオの撮影を数多く手がけています。その作品は、被写体の内面や空気感を捉える独特の静謐さと力強さを併せ持ちます。

写真表現と並行して、自身の体験や内面を綴るエッセイストとしても活動しています。ろう者として生きること、言葉やコミュニケーション、身体との関わりといったテーマを深く掘り下げた著書として、『それでもそれでもそれでも』、『声めぐり』、『異なり記念日』などがあります。これらの著作は、聴者とろう者の世界の橋渡しを試み、多様な「異なり」への理解を促すものとなっています。

妻である盛山麻奈美氏もまた、ろうの写真家です。互いの表現活動を支え合いながら、二人の子どもを育てています。子どもたちは聴者（CODA - Children of Deaf Adults）ですが、両親の影響を受け、手話を第一言語として成長しています。家族における手話の重要性や、異なるコミュニケーション方法が共存するあり方は、齋藤氏の活動の根底にあるテーマの一つです。

表現の場は写真や執筆にとどまりません。2020年には、自身の日常や手話を巡るドキュメンタリー映画『うたのはじまり』に主演し、全国で順次公開されました。また、2022年にはNHK Eテレの幼児向け番組『おかあさんといっしょ』のエンディングテーマ「きんらきら ぽん」の作詞を担当し、曲の一部に手話を取り入れた振り付けが盛り込まれるなど、教育・福祉の分野にも影響を与えています。著書には、写真とテキストを組み合わせた『写訳 春と修羅』や、日本国憲法に写真を添えたユニークな書籍もあります。

齋藤陽道は、先天性難聴という個性と向き合い、写真、言葉、身体表現といった様々な手段を用いて、自己の内面世界と社会との関わりを表現し続ける稀有な存在です。その活動は、既存の枠にとらわれず、多様な視点から世界を見つめ直すきっかけを与えてくれます。

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