1926年の十勝岳噴火

1926年十勝岳噴火

北海道の中央部に位置する十勝岳は、古くから活動を繰り返してきた火山です。中でも、1926年（大正15年）5月24日に発生した大規模な噴火は、日本の火山災害史において特筆すべき出来事として記憶されています。

大正泥流の発生

この噴火最大の特徴は、「大正泥流」と名付けられた大規模な融雪型火山泥流が発生したことです。約30年間の静穏期を経て、1923年に再び活動を開始した十勝岳は、小規模な噴火や鳴動、降灰などを繰り返していました。そして1926年5月24日、山体内で蓄積されたエネルギーが一気に解放され、2回の水蒸気噴火が発生しました。

最初の噴火は正午過ぎ、グラウンド火口の中央火口丘西側で発生し、小規模ながらも泥流を伴いました。この泥流は畠山温泉を襲い、現在の望岳台付近まで流下しています。しかし、その数時間後に起こった2回目の噴火が、未曽有の災害を引き起こします。

午後4時18分、中央火口丘の西半分が大規模に崩壊。大量の岩屑（がんせつ）が山腹を時速140km（推定速度40m/s）近い速度で流れ下り、噴火からわずか3分後には火口から2.4km下にあった硫黄鉱山施設を直撃しました。この崩壊に伴って山頂付近に残っていた大量の雪が一気に融かされ、膨大な量の水と土砂が混じり合った大規模な火山泥流へと変化したのです。

被害の状況

この泥流は、美瑛川と富良野川という二つの河川を一瞬のうちに濁流と化し、下流へと猛烈な勢いで押し寄せました。宮本（1989）らの計算によれば、崩壊によって生じた土砂は200万立方メートルと推定され、融雪水と混ざり合った泥流全体の量は初期段階で310万立方メートルに達しました。これが富良野川に約7割、美瑛川に約3割の比率で流れ込み、流下するにつれて河床や河岸の土砂を巻き込み、最終的には富良野川流域で1000万立方メートル以上、美瑛川流域で470万立方メートル以上にまで膨れ上がったと考えられています。

特に富良野川を流下した泥流は壊滅的な被害をもたらし、噴火からわずか20分ほどで約25km離れた上富良野市街地に到達しました。泥流は市街地の大部分を埋め尽くし、上富良野町だけでも510万立方メートルもの土砂が堆積したとされています。美瑛川流域でも同様に、白金温泉や下流の美瑛市街地が泥流の被害を受けました。

この災害により、144人もの尊い命が失われ（死者・行方不明者）、約200名が負傷しました。建物は372棟が損壊し、400以上の世帯が罹災しました。被害は家屋に留まらず、広大な耕地（富良野川流域で871町歩、美瑛川流域で316町歩）や山林が泥流に埋没・流失し、道路や橋梁、鉄道といった社会インフラも寸断されました。特に富良野線は線路が剥がされ、路盤が流出するなど甚大な被害を受け、美瑛駅 - 上富良野駅間が不通となりましたが、災害発生からわずか4日後の5月28日午後には応急復旧がなされ、被災者の救援や物資輸送に大きな役割を果たしています。

噴火後の経過と教訓

噴火直後の5月28日には、当時の東北帝国大学の渡辺万次郎教授が現地入りし、鉱山関係者から被災当時の詳細な状況を聴取するなど、迅速な調査が行われました。

この1926年5月から始まった一連の火山活動は、同年9月8日の小噴火（行方不明者2名）などを経て続き、完全に終息したのは1928年12月4日の小噴火後でした。大規模な山体崩壊の跡には、ごく低い非対称なスコリア丘が形成され、その火口は「大正火口」と呼ばれるようになりました。この活動期以降、十勝岳は1952年まで比較的穏やかな時期を迎えることになります。

1926年の噴火は、積雪が多い寒冷地の火山において、噴火によって積雪が融解し大規模な融雪型火山泥流が発生するという、典型的な災害事例として位置づけられています。過去3500年の間に少なくとも11回もの大規模な泥流が発生していることが明らかになっており、将来的に再び同様の災害が発生する可能性が高いことが指摘されています。

この噴火とその後の災害は、作家三浦綾子氏の小説『泥流地帯』及び『続・泥流地帯』の題材ともなり、多くの人々にその記憶を伝えています。

1926年の十勝岳噴火は、自然の力の恐ろしさを改めて知らしめるとともに、火山活動に対する継続的な監視と、ハザードマップの作成、避難体制の構築など、地域社会における防災対策の重要性を浮き彫りにした出来事と言えるでしょう。

噴火に関するデータ:

噴出物量: 1.3×10⁴m³
崩壊物量: 2～4×10⁶m³
マグマ噴出量 (DRE): 1×10³m³

主な被害:

死者・行方不明者: 144名
負傷者: 約200名
損壊建物: 372棟
被害家畜: 68頭

地域別被害 (死者・行方不明者):

富良野川流域: 137名
* 美瑛川流域: 7名

もう一度検索