1932年の日本公開映画

1932年（昭和7年）は、昭和恐慌の只中にありながらも、映画が娯楽として確固たる地位を築き、多様な国内外の作品が日本各地の劇場で公開されました。

この年、日本映画界では優れた作品が数多く生まれました。特に、小津安二郎監督の『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』は、子どもたちの視点から大人社会を皮肉たっぷりに描いたサイレントコメディで、その年のキネマ旬報ベストテンで第1位に輝き、日本映画史に残る傑作と評価されています。また、清水宏監督の『嵐の中の処女』が第2位に、伊藤大輔監督による時代劇大作『忠臣蔵』が第3位に選出されるなど、質の高い作品が続々と公開されました。このほかにも、内田吐夢監督の『國士無双』、山中貞雄監督の『磯の源太 抱寝の長脇差』、五所平之助監督の『上陸第一歩』、小津安二郎監督の『青春の夢いまいづこ』、成瀬巳喜男監督の『蝕める春』、稲垣浩監督の『弥太郎傘 去来の巻』などがベストテン入りを果たしており、現代劇から時代劇まで、様々なジャンルで才能が輝いた年であったことがうかがえます。

一方、外国映画も多数日本に輸入され、観客に新たな世界を提供しました。ルネ・クレール監督によるフランス映画『自由を我等に』が外国映画ベストテンの第1位に輝き、その後のミュージカル映画に大きな影響を与えました。また、フリッツ・ラング監督のドイツ映画『M』は犯罪スリラーとして話題を呼び、ゲオルク・ヴィルヘルム・パープスト監督のドイツ映画『三文オペラ』は辛辣な社会批判と音楽が見事に融合した作品として評価されました。アメリカからは、ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督とマレーネ・ディートリッヒのタッグによる『上海特急』、スティーヴンソン原作の古典を映画化した『ジキル博士とハイド氏』、ユニバーサル・ホラーの代表作『フランケンシュタイン』、冒険活劇の傑作『類猿人ターザン』など、エンターテインメント性の高い作品が多数公開されました。キネマ旬報外国映画ベストテンには、『人生案内』（ソ連）、『炭坑』（ドイツ）、『今晩は愛して頂戴ナ』（アメリカ）、『チャンプ』（アメリカ）、『歓呼の涯』（アメリカ）、『北海の漁火』（アメリカ）、『私の殺した男』（アメリカ）、『ジキル博士とハイド氏』（アメリカ）、『母』（アメリカ）といった、バラエティ豊かな国の、多様なジャンルの作品がランクインしており、当時の日本において世界の映画が広く受け入れられていた状況が分かります。

この年には、日本初のアニメーション映画とされる『海の桃太郎』が公開されたほか、戦時色が強まる社会情勢を反映した『爆弾三勇士』や『満蒙建国の黎明』といった記録映画・国策的な色彩の濃い作品も劇場で公開されました。

1932年は、質・量ともに充実した日本映画に加え、欧米各国の多様な作品が公開されることで、観客の選択肢が大きく広がった年と言えるでしょう。これらの作品は、単なる娯楽に留まらず、当時の社会情勢や文化を映し出す鏡として、今日でも多くの示唆を与えてくれます。

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