1937年の日本競馬

1937年の日本競馬界

1937年（昭和12年）は、日本の競馬界にとって、その根幹をなす組織構造が大きく変革された、歴史的な一年となりました。前年の法改正を受け、従来の競馬運営を担ってきた帝国競馬協会および全国の競馬倶楽部が解散し、新たな統一組織である日本競馬会が発足したのです。この再編成は、現在の日本中央競馬会（JRA）へとつながる中央競馬体制の基礎を築く、極めて重要な出来事でした。

年明けとともに、競馬界では組織の移行に向けた動きが本格化しました。1月26日には、帝国競馬協会が最後の定期会員総会を開催し、協会の解散と、それに伴う残務整理に関する議案が満場一致で承認されました。これを皮切りに、1月30日の中山競馬倶楽部を始め、全国の競馬倶楽部も相次いで解散を決議。長年日本の競馬を支えてきた各倶楽部は、その役割を終えることとなりました。

新組織である日本競馬会の体制構築も進められました。3月26日には、農林大臣を最高責任者とする競馬会審査委員会が設置され、新組織のあり方に関する検討が行われました。4月17日には、日本競馬会から各倶楽部に対し、解散に伴う職員の退職金などの支払い方法に関する通知が出され、組織移行の具体的な準備が進められました。5月12日には、日本競馬会の部長、課長、一般職員といった主要な役職者の辞令が交付されるとともに、解散した競馬倶楽部から引き継ぐ事業所の人事も発表され、新組織の運営体制が確立されました。松平頼寿理事長は、新たな組織の基本的な運営方針を示す「競馬振興会定款案」を各競馬倶楽部の関係者へ送付し、協力を求めました。

同時期には、日本の馬政を管轄する馬政局にも重要な変化がありました。文官が長官を務める体制は維持されましたが、新たに陸軍の将官が次長として迎えられ、現役軍人の数も増員されました。これにより、馬政に関する施策の実施には陸軍の同意が必須となり、また馬の徴発や買い上げといった重要な事項は、陸軍大臣の直接的な指揮監督の下で行われることになりました。これは、当時の緊迫した国際情勢の中、馬産が軍事力強化と密接に結び付けられ、競馬も国家戦略の一環として、より軍の意向に沿う形で運営されるようになったことを示しています。

新たな体制の下での競馬施行に向けた準備も進みました。7月7日には、競馬施行規程の草案が各競馬場に送付され、場長会議での協議を経て規程が定められました。7月19日には、競走成績の記録様式を統一するよう求める通知が出され、これが後に「成績広報」として発行される情報の原型となりました。そして8月7日、札幌競馬場において、日本競馬会主催による初の競馬が開催され、新体制での競馬施行が幕を開けました。

秋競馬が始まる10月1日からは、日本競馬会が定めた新しい競馬施行規程が正式に施行されました。これに先立ち、9月20日には新しい規程の下での開催運営に関する詳細な指示をまとめた「開催執務心得」が各競馬場に配布され、関係者への周知徹底が図られました。

この年は、日中戦争の長期化という時勢の影響も無視できませんでした。8月25日には、中山競馬場の場長や事務長を含む競馬関係者が兵役のため召集され、特に阿部純隆場長は10月8日に戦死するという悲劇に見舞われました。日本競馬会は、彼の功績を称え、12月10日に追悼の告別式を執り行いました。また、10月1日には、松平理事長から役職員に対し、俸給の一部を国防献金として納めることが通知され、競馬界も国策への協力体制を敷きました。さらに、10月7日には「馬事国防献金競走」が新設され、該当競走の勝馬投票券売得金から政府納付金を差し引いた額全額が献金に充てられました。この年の献金総額は48万円を超え、戦時下の国家に対する競馬界の貢献を示すこととなりました。

競馬の公正性を確保するためのルール強化も行われました。10月2日には、興奮剤の使用禁止に関する厳格な注意喚起が各競馬場へ通達され、違反者に対しては厳罰が科されることが明確にされました。これに基づき、12月には実際に複数の調教師が興奮剤使用規定違反で処分されています。

制度面では、現代の中央競馬にもつながる重要な再編がありました。12月3日には、帝室御賞典が再編され、東京競馬場で新たな形式での第1回競走が開催されました。この記念すべき第一回を制したのはハッピーマイトでした。また、10月29日には馬匹登録規定が新たに制定され、馬の登録管理体制が整備されました。12月22日には、日本競馬会理事会で翌年度からの賞金額を約11.7%増額することが決定され、関係者のモチベーション向上や馬主へのインセンティブ強化が図られました。

一方で、運営上のトラブルも発生しました。12月10日には、京都競馬場の開催を巡り、関西地区の騎手たちが不満から出馬投票を一時拒否するという事件が起きましたが、関係者の説得により翌日には事態は収束しました。

この年の競馬開催は、春季は旧体制である各競馬倶楽部が主催する最後の開催として行われ、秋季からは新体制の日本競馬会が主催する最初の開催となりました。これはまさに、日本の競馬が旧時代から新時代へと移行する過渡期を象徴する出来事でした。

主要な競走の結果としては、第6回東京優駿大競走はヒサトモが優勝。再編された第1回帝室御賞典はハッピーマイトが初代覇者となりました。中山競馬場の障害競走、農林省賞典障碍は、春がフソウ、秋はキンテキがそれぞれ制しました。

また、この年には、後の日本競馬界で活躍する多くの競走馬や人物が誕生しています。1940年のクラシック戦線で中心的な役割を果たすことになる馬たちや、後年、騎手や調教師として名を馳せる多くの人材がこの年に生まれました。

総じて、1937年は、組織の抜本的な再編、ルールの整備、そして時勢の大きな影響を受けながらも、日本の競馬が近代的な基盤を確立していく上で、極めて重要な転換点となった一年であったと言えるでしょう。

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