1983年の日本の女性史

1983年の日本の女性を取り巻く社会状況

1983年（昭和58年）は、日本の女性にとって社会の様々な側面で変化や議論が活発化した一年でした。スポーツ分野では、女性アスリートが目覚ましい活躍を見せました。年明けにはスピードスケートの橋本聖子が全日本選手権で4種目すべてを制覇し、21年ぶりの快挙として歴史に名を刻みました。また、バレーボールの日立女子チームは、日本リーグで初の無失点セットという完璧な記録で優勝を果たしました。長距離走では、世界で初めての国際女子駅伝が横浜で開催され、ソ連が優勝、日本も4位と健闘しました。さらに、東京国際女子マラソンでは佐々木七恵が日本人として初優勝を飾り、世界の舞台で日本の女性ランナーの存在感を示しました。

政治や社会運動の分野では、優生保護法改正案を巡る動きが特に注目されました。改正推進派である「生命尊重国会議員連盟」が発足する一方で、国際婦人年連絡会や学生グループは改正案の国会提出阻止を目指し、厚生省前でのハンガーストライキや政府への申し入れといった反対運動を展開しました。結局、自民党内での合意が得られず、改正案の提出は見送られました。また、国際婦人年連絡会は政府に対し、女子差別撤廃条約の批准などを強く要望しました。男女平等を求める動きも高まり、「雇用平等法をつくる会」が討論集会を開くなど、男女間の不平等を是正するための法制化に向けた市民の活動が進みました。これに応じる形で、労働省には「男女平等法制化準備室」が設置され、法整備に向けた具体的な検討が開始されました。

労働や雇用においても、女性を取り巻く状況は多様化しました。帝国データバンクの調査によると、資本金100万円以上の会社の社長のうち、女性が占める割合は3.2%にとどまりましたが、徳島地方裁判所には女性として初めて地方裁判所長が誕生するなど、司法分野では重要な進展が見られました。労働現場では、ある書店で女性社員の採用において外見や婚姻歴による差別的な選考基準があったことが問題視され、労働組合が改善を求めました。就業構造基本調査からは、既婚女性の半数以上が仕事を持つ一方で、女性雇用者の約4分の1がパート・アルバイトである実態が明らかになりました。また、総理府の勤労意識調査では、多くの女性が結婚・出産後の再就職を望む傾向が見られましたが、日本リクルートセンターの調査では、男子学生と同様に責任ある仕事を希望し、定年まで勤めたいと考える女子学生も少なくないことが示され、女性の職業意識の多様化がうかがえました。しかし、経済団体である日経連は男女雇用平等法案に対し反対の姿勢を表明するなど、雇用における男女平等の実現には根強い課題も存在しました。

家庭や結婚に関する価値観も変化の兆しを見せていました。厚生省の調査では、独身者の結婚希望年齢が男女ともに20代後半であることや、希望する子供の数が2.3人程度であることが示されました。新婚夫婦に関する別の調査では、恋愛結婚が約7割を占め、共働き夫婦が半数を超えている実態が明らかになりました。共働きを選択する理由としては、経済的な側面だけでなく、「退屈だから」といった自己実現や社会とのつながりを求める声も挙げられました。一方で、離婚件数は増加傾向が続き、この年に18万件を超え、その後の減少前ではピークとなりました。また、個人事業主の夫が倒産した後、離婚した妻の財産分与請求権を債権者の訴えよりも優先するとした最高裁判所の判決は、夫婦間の財産に関する新たな判断基準を示すものとなりました。

教育分野では、高校進学率において女子が男子を上回る一方、大学・短大への進学率では女子が男子を下回る状況が続いていました。海外からは、日本の母親が子供の教育に積極的に関与するいわゆる「教育ママ」のあり方に対し、肯定的な評価が示されました。高等教育機関では、女性学に関連する講座が開設される大学が増加し、ジェンダー研究への関心が高まりつつあることがうかがえました。

文化面では、テレビドラマが社会に大きな影響を与えました。『金曜日の妻たちへ』は不倫をテーマにしたことから「金妻」という言葉が生まれ、世間の注目を集めました。また、NHKの連続テレビ小説『おしん』は、最高視聴率が65%に達する記録的なヒットとなり、国内外で広く共感を呼びました。これは高度経済成長期を経て豊かになった日本における、失われた時代の価値観へのノスタルジアを刺激するとともに、アジア諸国では当時の厳しい現実を描いているとして高い評価を得ました。

社会的な問題としては、「愛人バンク」と呼ばれる異性紹介業が摘発され、洗練されたイメージを伴う新たな性産業の形態が社会問題として表面化しました。また、食品添加物の指定や使用基準拡大に対して、消費者団体や主婦連合会などが抗議集会を開くなど、食の安全に対する女性たちの意識の高さもうかがえました。性暴力の被害者を支援するため、「東京強姦救援センター」が設立されたことも、性犯罪に対する社会的な取り組みの重要性が認識され始めたことを示しています。

1983年は、女性の社会進出や権利確立に向けた動きが加速する一方で、古い価値観や新たな社会問題が混在し、女性を取り巻く環境が大きく変化しつつある過渡期であったと言えるでしょう。

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