44のヴァイオリン二重奏曲

44のヴァイオリン二重奏曲 Sz.98 BB104

バルトーク・ベーラが1931年に完成させた『44のヴァイオリン二重奏曲』Sz.98 BB104は、ヴァイオリン学習者のために作曲された、ユニークな二重奏曲集です。この作品は、作曲者自身の教育への深い関心と、民俗音楽への情熱が見事に融合した、バルトーク作品の中でも重要な位置を占めるアンサンブル教材となっています。

作曲の経緯

この作品が生まれるきっかけとなったのは、ドイツのヴァイオリニストであり優れた教育者でもあったエーリヒ・ドフラインからの依頼でした。ドフラインは1930年、自身が編纂を進めていたヴァイオリン初級者向けの教材シリーズに寄稿を求め、バルトークに接触します。ドフラインは、初心者が学ぶ作品であっても、芸術的な質を決して妥協すべきではないという明確な教育理念を持っていました。当初、ドフラインはバルトークのピアノ曲集『子供のために』からのヴァイオリン二重奏編曲を希望していましたが、バルトークはこれに応じ、新たな作品群を創作する意思を示しました。バルトーク自身も後に、ドフラインからの要請がなければこの曲集は生まれなかっただろうと述懐しており、教育目的を明確に持って作曲が始められたことが分かります。

作曲は1931年1月から9月にかけて集中的に行われました。バルトークは完成した楽曲を、難易度によっておおよそ4つのグループに分けてドフラインに送付しました。ドフラインとの手紙のやり取りを通じて、楽曲には細かな調整が加えられ、最終的な曲集の形が整えられていきました。完成した楽曲群は、まずドフラインが編纂した教本（1931年）や曲集（1932年）の一部に収録されました。そして、バルトークが契約していたウニヴェルザール出版社から、全44曲が2冊に分かれて1933年に正式に出版されました。

作品の内容と特徴

この曲集を構成する44曲のうち、圧倒的大多数を占める42曲は、ハンガリー、ルーマニア、スロヴァキア、セルビア、ウクライナなど、東ヨーロッパ各地の多様な民謡旋律を基にした編曲作品です。残りの2曲も、民謡の特徴的な要素を取り入れて創作された、民謡風のオリジナル作品となっています。バルトークは以前にも『ルーマニア民俗舞曲』や『15のハンガリーの農民の歌』といった民謡編曲作品を手がけていましたが、この『44のヴァイオリン二重奏曲』は、そうした民俗音楽に基づいた作品群の比較的新しい時期に位置づけられます。

ドフラインはバルトークに作曲を依頼する際、いくつかの要望を伝えています。それらは、「全体を通して容易に演奏できること」「各曲が短く、形式的に簡潔であること」「楽器の特性に合った発想であること」「個々の声部が自立的で厳格な書法であること」「伴奏付きの小品ではないこと」といった項目でした。バルトークが実際に書いた楽曲は、これらの要望をある程度踏まえています。例えば、演奏時間は多くが1分程度と非常に短く、簡潔な形式で書かれています。また、複数の旋律を組み合わせるメドレー形式は避けられています。同時に、バルトークらしい自由な和声やリズムの使い方は曲集全体を通して見られます。ヴァイオリンの技術的な面、特に重音奏法をどの段階で導入するかといった具体的な点については、ドフラインからの意見を積極的に取り入れて作曲に反映させたことが、二人の書簡から明らかになっています。

バルトーク自身もまた、優れたピアニストであり音楽教育者でした。彼は既にピアノ学習者向けの『子供のために』といった教育作品を世に送り出しており、またこの作品とほぼ同時期には、後に彼の代表的な教材となる『ミクロコスモス』の構想を温めていました。そのため、『44のヴァイオリン二重奏曲』には、『ミクロコスモス』と共通する、教材としての体系的な構成や、特定の技術・音楽的要素を段階的に導入する意図が見られます。ドフラインは「声部ごとの聴き方と対位法的な音楽実践の教程」となることをこの曲集に期待しており、バルトークはその意図に応える形で、二つのヴァイオリン声部が対等に絡み合う対位法的な楽曲を多く含めました。このような二声体を用いた作曲手法は、1926年のピアノ曲『9つの小品』など、バルトークの他の作品でも見られた特徴であり、本作は教育的な側面と同時に、バルトーク独自の作曲スタイルが色濃く表れた作品と言えるでしょう。

構成と特徴的な要素

本曲集は、全44曲が4つの巻に分けられて収められています。楽曲は、容易なものから徐々に難しくなるように、難易度順に体系的に配列されています。具体的には、第1巻と第2巻がヴァイオリン学習の基礎レベル、第3巻が中級レベル、そして第4巻がより上級レベルの学習者を対象としています。

音楽的な特徴として、全編を通して不協和音の使用が見られますが、明確な多調が現れるのは第11曲以降です。特に、東欧民謡に根ざしたリズミカルな多様性、バルトーク特有の自由な和声や不協和音、カノンや反行といった対位法的な技法、そしてヴァイオリンの幅広い音域を効果的に活用している点が、この曲集の大きな魅力であり特徴として広く認識されています。

この曲集の中から、バルトーク自身が6曲を選び、1936年にピアノ独奏用に編曲したものが『小組曲』 Sz.105 BB113です。『小組曲』には、本曲集の第28、32、38、43、16、36番にあたる楽曲が選ばれています。

『44のヴァイオリン二重奏曲』は、単なる練習曲集ではなく、バルトークが民俗音楽と現代的な音楽語法、そして教育を高い次元で統合させた傑作であり、ヴァイオリン学習者にとって重要なレパートリーであると同時に、バルトーク研究においても貴重な作品となっています。

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