ATPアーゼ

ATPアーゼ（ATPases）とは

ATPアーゼ（ATPase）は、アデノシン三リン酸（ATP）の末端高エネルギーリン酸結合を加水分解する酵素群の総称です。EC番号は3.6.1.3、3.6.3、3.6.4で分類されます。ATPは細胞のエネルギー通貨として知られており、ATPアーゼはエネルギーを必要とする様々な生命活動に関与しています。日本語では「アデノシン三リン酸分解酵素」と表現することもできます。

特徴

ATPアーゼは、以下の反応を触媒します。

ATP → ADP + Pi

この反応で放出されるエネルギーを利用して、生体内の様々なプロセスを駆動します。ATPアーゼは通常、ATP以外のヌクレオチド三リン酸（GTP、UTP、CTPなど）にも作用することがあります。また、ATPアーゼの活性には、スルフヒドリル基（SH基）とマグネシウムイオン（Mg2+）、カルシウムイオン（Ca2+）が関与しています。

役割

ATPアーゼは、エネルギーを必要とするほぼ全ての反応に関与しています。

ATPの合成（酸化的リン酸化）: ATP合成酵素は、ATPアーゼの一種であり、プロトン勾配を利用してATPを合成します。
筋収縮: ミオシンATPアーゼは、アクチンフィラメントとの相互作用により、筋肉の収縮を駆動します。
細胞内物質輸送: キネシンやダイニンなどのモータータンパク質は、微小管上を移動し、細胞内の物質輸送を行います。
細胞外物質輸送: ABCトランスポーターは、細胞膜を介した物質の輸送を行います。
イオン濃度勾配の作成: イオン輸送性ATPアーゼは、細胞膜を介してイオンを輸送し、イオン濃度勾配を形成します。
解毒作用: ABCトランスポーターは、細胞内の有害物質を細胞外へ排出します。
発光: ホタルなどの生物発光に関与するルシフェラーゼも、ATPアーゼの一種です。
発電: 電気ウナギなどの発電器官において、ATPアーゼがイオン勾配を形成し、電気を発生させます。
膜融合: 膜融合に関わるタンパク質もATPアーゼ活性を持ちます。
膜タンパク質の品質管理: AAAプロテアーゼは、膜タンパク質の品質管理に関与します。

種類

ATPアーゼは、その機能や構造によって様々な種類に分類されます。

運動性タンパク質ATPアーゼ

ミオシンATPアーゼ: アクチンミオシン系の滑り運動に関与します。
ダイニンATPアーゼ: 微小管上の物質輸送（マイナス端側への移動）に関与します。
キネシンATPアーゼ: 微小管上の物質輸送（プラス端側への移動）に関与します。
ダイナミンATPアーゼ: 微小管の接着に関与します。

イオン輸送性ATPアーゼ

F型ATPアーゼ: 真核生物、真正細菌、ある種の古細菌のATP合成酵素として機能します。
A型ATPアーゼ: 古細菌のATP合成酵素として機能します。
V型ATPアーゼ: 液胞のプロトン能動輸送に関与します。
P型ATPアーゼ: 陽イオンの対向輸送および物質の共輸送に関与します。

ABC ATPアーゼ

ABC（ATP Binding Cassette）ATPアーゼは、細胞への物質取り込みおよび排出に関与します。膜貫通型のABC ATPアーゼは、2つの膜貫通ドメインと2つのABCドメインから構成されます。

トランスポーター型ABCタンパク質: 有害物質の能動輸送を行います。
チャネル型ABCタンパク質: イオンの促進拡散を行います。
レセプター型ABCタンパク質: ATP、ADP濃度を感知しシグナル伝達を行います。
DNA結合型ABCタンパク質（SMCタンパク質）: 染色体の凝縮、結合、修復等に関与します。

AAA ATPアーゼ

AAA（ATPases Associated with diverse cellular Activities）ATPアーゼは、タンパク質の細胞内小器官への輸送、膜融合、細胞内小器官の形成、DNA複製、転写調節など、多様な機能に関与します。リング状オリゴマー構造を取り、ATP加水分解エネルギーを利用してタンパク質のアンフォールディングや分解を促進します。

AAAプロテアーゼ: 生体膜の管理など
膜融合AAA ATPアーゼ: 小胞体やゴルジ体の再形成など

課題

運動性タンパク質ATPアーゼを除くATPアーゼの多くは生体膜に存在するため、構造が不明な点が多く、研究が遅れています。ATPアーゼ活性そのものについても未解明な部分が多く、ATPのエネルギーを得た中間体の解析などを通して、「エネルギーを持ったタンパク質」の状態を理解するための研究が進められています。最も研究が進んでいるミオシンとATP合成酵素についても、未だに完全に解明されているとは言えません。