Abramowitz and Stegun

「Abramowitz and Stegun」とは、アメリカ合衆国国立標準局（現在の国立標準技術研究所、NIST）に在籍していた数学者ミルトン・アブラモビッツとアイリーン・ステガンが編纂した、数学参考書の通称として広く知られています。その正式名称は『Handbook of Mathematical Functions with Formulas, Graphs, and Mathematical Tables』であり、応用数学の分野において極めて重要な古典的文献としての地位を確立しています。

内容と影響

本書の初版は1964年に刊行され、全1046ページに及ぶ大著です。応用数学で頻繁に使用される多種多様な関数に関する情報が包括的にまとめられています。具体的には、関数の定義、様々な性質を示す識別式、視覚的な理解を助けるグラフ、そして何よりも実用的な関数値の広範な数表などが収録されています。特に、ベッセル関数やガンマ関数といった特殊関数に関する情報は、出版当時において最も網羅的な参照源の一つと見なされていました。

この書籍で採用された記述スタイルや表記法は、その後の多くの数学関連文献や応用分野の研究において標準的に用いられるようになり、事実上の業界標準（デファクトスタンダード）としての役割を果たすことになりました。これは、数学的な概念や情報を統一的に扱う上で計り知れない貢献をしたと言えます。

本書が世に出た1960年代は、計算機が現代ほど普及していなかった時代です。そのため、複雑な関数の値を迅速に知るための本書の数表は、研究者や技術者にとって必須の道具であり、実務における計算作業を大幅に効率化させました。

現在では、数式処理システムや高性能な計算ソフトウェアが容易に利用可能となり、手作業で数表を参照する場面は減少しました。しかし、本書の価値は今なお失われていません。関数の基本的な定義や性質を確認したり、計算結果の信頼性を検証したりするための重要な参照源として、今日でも多くの専門家によって参照され続けています。

興味深いことに、1954年の会議序文には、「高速コンピューター機器の出現は数表作成のあり方を変えるだろうが、数表そのものの必要性は決して消滅しないだろう」という洞察が記されています。これは、まさに本書が技術の進化を経てなお参照され続けている現状を予見していたかのようであり、基礎的な数学情報の体系的な参照源が持つ永続的な価値を示唆しています。

発行形態と入手

『Handbook of Mathematical Functions』は、アメリカ合衆国連邦政府の職員が職務遂行の一環として作成した著作物であるため、米国内では著作権による保護を受けません。この特性により、比較的自由に複製や再出版、オンラインでの公開が行われています。

本書は、合衆国政府印刷局から直接購入できるほか、多くの商業出版社からも多様なバージョンが出版されています。中でもドーヴァー出版による廉価版は特に普及しており、広く入手可能です。さらに、インターネット上には本書の高品質なスキャンデータが合法的に公開されており、世界中の誰もが容易に閲覧したりダウンロードしたりすることができます。これらの多様な入手経路も、本書が数学コミュニティに広く浸透する要因となりました。

後継となる試み

オリジナルの『Handbook of Mathematical Functions』が持つ包括性と精度を現代のデジタル環境で再現し、さらに発展させた後継プロジェクトとして、「Digital Library of Mathematical Functions」（DLMF）が存在します。これはNISTが長期間をかけて開発し、2010年5月11日に公開されたオンライン上の数学関数ライブラリです。DLMFは、インタラクティブな機能や最新の数学的知見を取り入れ、より高度な情報提供を目指しています。

DLMFの公開に合わせて、その内容を基にした印刷版である『NIST Handbook of Mathematical Functions』がケンブリッジ大学出版局から刊行されました。これらは、Abramowitz and Stegunが切り開いた、数学関数への体系的なアクセス方法を、21世紀の技術と学術の進歩に基づいて刷新した成果と言えます。

Abramowitz and Stegun