BioRxiv

bioRxiv

bioRxiv（バイオアーカイヴ）は、生物学分野の研究成果を査読前に迅速に公開することを目的に設立された、オンラインのプレプリントリポジトリです。正式名称はbioRχivと表記され、「χ」はアルファベットのエックスではなく、ギリシャ文字の「カイ」を意味します。2013年11月に運用が開始され、米国の著名な研究機関であるコールド・スプリング・ハーバー研究所（Cold Spring Harbor Laboratory, CSHL）がその運営母体となっています。

このプラットフォームは、物理学分野で先行して成功を収めていたプレプリントリポジトリ「arXiv（アーカイヴ）」をモデルとして発想されました。arXivは1991年にポール・ギンスパーグ氏によって設立されましたが、ギンスパーグ氏自身もbioRxivの諮問委員を務めています。bioRxivの運営は、コールド・スプリング・ハーバー研究所自身の資金に加え、Lourie Foundationからの支援を受けています。さらに、2017年4月には、Facebook創業者マーク・ザッカーバーグ氏とその妻プリシラ・チャン氏が設立した慈善財団であるチャン・ザッカーバーグ・イニシアチブからの資金的支援を受けることが公表され、安定した運営基盤が強化されています。

bioRxivに公開される論文は、正式な学術雑誌のように専門家による厳密な査読（ピアレビュー）を経ていません。しかし、公開前には基本的な内容の選別と、既発表論文やウェブ上の情報との比較による剽窃（盗用）チェックが実施されています。これは、不適切な内容や明らかな不正投稿を防ぐための最低限の品質管理と言えます。公開されたプレプリント論文に対しては、世界中の研究者や関心を持つ人々がコメントを投稿することが可能であり、これにより非公式ながらもオープンな議論やフィードバックが行われる場が提供されています。

bioRxiv設立以前、生物学分野におけるプレプリントの利用については、研究者の間で意見が分かれていました。多くの研究者は、査読前の研究内容を公開することで、競争相手に研究成果を先取りされ、発見の優先権（最初の発見者としての権利）を主張できなくなることへの懸念を抱いていました。一方で、一部の遺伝学者などは既に物理学分野のarXivリポジトリ内の定量生物学カテゴリに論文を投稿しており、プレプリントを研究の根拠として提示できる状況も生まれていました。こうした状況の変化に伴い、プレプリントに対する生物学分野全体での受け止め方も徐々に変化していきました。

運用開始後のbioRxivは、当初はゆっくりとした立ち上がりでしたが、着実に投稿数を増やしていきました。Science誌の報告によれば、最初の1年間で824報のプレプリントが投稿され、「少数ながらも論文の流れを引き寄せた」と評されました。この動きを受けて、全てではありませんが、複数の主要な生物学系学術誌がプレプリントに関する掲載方針を改訂し、多くの学術誌が「インゲルフィンガー・ルール」（二重投稿を禁じる慣習）において、プレプリントを「先行出版物」とは見なさない立場を明確にしました。これにより、研究者はプレプリントとして公開した論文を、その後改めて学術誌に投稿することが容易になりました。

bioRxivの投稿数はその後も順調に増加しました。2015年には、公開されたプレプリントが2万件以上のツイートによって言及され、研究コミュニティにおける関心の高さを示しました。2016年2月時点では、月間の新規投稿数が60報から200報へと増加し、累計投稿数は3100報に達しました。さらに2017年4月21日には、累計公開数が1万報を超え、月間投稿数も620件を超えるなど、急速な利用拡大が見られます。

現在、bioRxivは様々な生物学の専門分野のプレプリントを受け付けており、多岐にわたる研究領域をカバーしています。また、利便性を高めるための機能として、「bioRxiv to Journals (B2J)」イニシアチブが提供されています。これは、bioRxivを通じて、提携している学術誌の投稿システムに直接論文を提出できる仕組みであり、著者にとって投稿手続きの簡略化につながっています。

bioRxivのようなプレプリントリポジトリの普及は、研究成果の迅速な共有、オープンアクセスの推進、そして非公式なフィードバックや議論の促進といった点で、現代の学術コミュニケーションにおいて重要な役割を担っています。関連する概念として、インターネット、オープンアクセス、プレプリント、プレプリントサーバなどがあり、物理学のarXiv、心理学のPsyArXiv、化学のChemRxivなど、他の分野にも同様のプレプリントリポジトリが存在します。

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