ES-1001

ES-1001は、東京大学宇宙航空研究所（後の宇宙科学研究所、現在の宇宙航空研究開発機構（JAXA）宇宙科学研究所、通称ISAS）が主導して開発を進めた、推力10トンクラスの液体燃料ロケットエンジンです。推進剤には、当時としては先進的な液体水素と液体酸素が採用されました。このエンジンは、日本の宇宙開発黎明期において、主にロケットの上段部に搭載されることを想定して開発されました。当時、宇宙開発事業団（NASDA、現JAXA）で開発が進められていたLE-5エンジンの開発が計画通りに進まなかった場合を想定し、そのバックアップとしての役割も期待されていました。

開発の背景と歴史

日本の液体燃料ロケット開発は、第二次世界大戦中に特攻兵器「秋水」に用いられた特呂二号原動機での経験はありましたが、戦後改めてゼロからの開発が求められました。特に、宇宙科学研究所を中心とした研究開発においては、地球周回軌道への投入や惑星探査を目指す上で、より高性能な推進系が不可欠でした。その中で、高比推力を実現可能な液体水素と液体酸素の組み合わせが注目され、上段ロケットに適したエンジンの研究開発が始まりました。

ES-1001の開発が着手されたのは1970年代のことです。当初は、宇宙科学研究所が開発していた科学観測用ロケットであるミューロケットシリーズの、高性能化を目指した第2段エンジンとしての採用が構想されていました。当時、液体水素を推進剤としてロケットエンジンを開発していた国は、アメリカ、フランス、ソビエト、中国、そして日本に限られており、ES-1001は日本の液体水素エンジン開発における最初期の、実際に稼働した貴重な成果の一つとなりました。

開発にあたっては、宇宙開発事業団が開発を進めていたLE-5エンジン用のコンポーネントが活用されました。具体的には、推力10トン級燃焼器であるRE-5や、液体水素・液体酸素それぞれのメイン弁、そして予冷弁といった重要部品が宇宙開発事業団から供与され、ES-1001の開発に役立てられています。これにより、宇宙科学研究所と宇宙開発事業団の間での技術連携が進められました。

エンジンの特徴

ES-1001は、燃焼サイクルとしてガス発生器サイクルを採用しています。この方式では、主燃焼器とは別に設けられたガス発生器で少量の推進剤を燃焼させ、そこで生じた高温・高圧の燃焼ガス（このエンジンでは水素リッチな低温燃焼ガス）を用いてターボポンプを駆動します。ターボポンプは、推進剤である液体水素と液体酸素を昇圧し、主燃焼器へ供給する役割を担います。駆動に用いられた燃焼ガスは、その後エンジンの外部へ排出されます。

ES-1001に用いられたターボポンプであるTP-1002は、その設計において「宇宙研方式」とも称される、当時の一般的な手法とは異なる独創的な形式が採用されていました。これは、宇宙科学研究所が独自の開発思想に基づいて推進系の研究を進めていたことの現れと言えます。

燃焼器については、前述のように宇宙開発事業団から供与されたLE-5エンジン用のRE-5燃焼器が使用されました。このため、ES-1001と初期のLE-5エンジンは、燃焼室という主要な構成要素を共有していることになります。両エンジンの構成要素における大きな違いは、推進剤を供給するターボポンプの設計思想や構造にありました。

成果と後世への影響

ES-1001エンジンが実際に完成したロケットに搭載され、打ち上げられる機会はありませんでした。しかしながら、その開発過程で蓄積された技術的な知見やデータは、極めて価値の高いものとなりました。同時期に宇宙科学研究所で開発されていた小型液体水素/液体酸素エンジンのES-702と共に、ES-1001で得られた様々な経験は、その後に宇宙開発事業団によって開発されたLE-5シリーズをはじめとする、日本の液体水素/液体酸素推進系エンジンの設計や開発に大いに活用され、日本の宇宙開発を技術的に支える重要な礎の一つとなりました。日本の液体ロケット技術、特に液体水素エンジンの進化において、ES-1001は黎明期における重要な一歩を記したエンジンと言えます。

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