Es［エス］

2001年にドイツで製作されたサイコスリラー映画『es［エス］』（原題：Das Experiment）は、オリヴァー・ヒルシュビーゲルが監督を務めた作品です。出演はモーリッツ・ブライブトロイらが名を連ねています。本作は、1971年にアメリカのスタンフォード大学で行われた有名な「スタンフォード監獄実験」にインスパイアされたマリオ・ジョルダーノの小説『Black Box』を原作としており、ジョルダーノ自身も脚本に携わっています。この映画は、ごく普通の人間が特殊な環境下で与えられた役割を演じることで、どのように行動が変化していくのか、そして権力がいかに人間性を歪めるのかという普遍的なテーマを深く掘り下げています。

物語は、ドイツの大学が地下に設置した模擬刑務所で行われる心理実験に焦点を当てます。新聞広告で集められた20人の男性が、「看守」と「囚人」の二つのグループに分けられ、それぞれに与えられた役割を2週間演じ続けるというものです。この実験の存在を知ったタクシー運転手で記者のタレク（モーリッツ・ブライブトロイ）は、高額な報酬と、この特殊な体験が優れた記事になると考え、密かに実験の様子を記録するための超小型カメラを眼鏡に仕込み、囚人として参加します。

実験初日は、参加者たちは互いにユーモアを交わし、和やかな雰囲気で過ごします。しかし、時間が経過するにつれて、看守役のグループは次第にその権力を行使し始め、囚人役のグループに対する支配を強めていきます。些細な出来事がきっかけとなり、看守と囚人の間には深刻な対立が生じ、状況は急速にエスカレートしていきます。

実験の進行を見守る主催者のトーン教授は、参加者の変化を観察し続けますが、助手のグリム博士らは、実験が危険な段階に達していることを察知し、繰り返し中止を進言します。しかし、教授はこれらの警告に耳を貸さず、実験を続行させます。事態の悪化に耐えかねたグリム博士は、教授の不在中に独断で実験を強制的に終了させようとしますが、看守役の参加者たちに阻止され、逆に監禁されてしまいます。権力に陶酔した看守たちの暴走は止まらず、実験は当初の予測を遥かに超えた凄惨な状況へと変貌し、最終的には複数の死傷者を出す悲劇的な結末を迎えることになります。

本作の原題「Das Experiment」はドイツ語で「実験」を意味しますが、日本語版のタイトルである「es」は、単なるドイツ語の「これ」や「それ」（英語のitにあたる）という意味に留まりません。心理学、特に精神分析学の分野では、「無意識層の中心機能」、すなわち本能的な衝動や欲望の源泉を指す概念としても用いられます。この心理学用語の「es」も、語源はドイツ語の「これ」「それ」に由来しており、映画のタイトルには、理性的な計画としての「実験」が、人間の無意識や本能的な「es」によって制御不能な領域へと突き進んでしまうという、作品のテーマ性が込められていると考えられます。

『es［エス］』は、公開後、その衝撃的な内容と完成度で注目を集めました。2001年度のヨーロッパ映画賞では作品賞にノミネートされるなど、高く評価されています。映画批評サイトRotten Tomatoesでは、批評家からの支持率は72%と比較的良好で、「精神を大いに錯乱させるアクション映画として成功している」と評されています。Metacriticのスコアも60/100となっており、賛否両論ありつつも、多くの評論家が作品の力強さを認めています。

本作のテーマと内容は世界的に関心を集め、2010年にはアメリカ合衆国で『プリズン・エクスペリメント』（原題：The Experiment）としてリメイク版が制作されました。

本作は、実際に社会心理学の分野で大きな影響を与えたスタンフォード監獄実験を題材にした数少ない劇映画の一つであり、人間の本質、権力と服従、そして制度が個人に及ぼす影響といったテーマに関心がある人にとって、非常に示唆に富む作品と言えるでしょう。日本語吹替版も、ソフト版とテレビ東京版が存在します。

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