FASCINATOR
FASCINATORは、通信機器メーカーであるモトローラが開発した、デジタル音声通信に対応した無線機用の秘話モジュールです。
1980年代当時、モトローラ製のデジタル無線機には、暗号強度が十分でないData Encryption Standard (DES) 方式の秘話モジュールが主に使用されていました。これに代わる、より高水準のセキュリティを満たす手段として、FASCINATORは1980年代末に開発されました。このモジュールを搭載した無線機は、アメリカ政府の機密情報を安全に送受信するために利用が認められました。
アメリカ国家安全保障局（NSA）は、アメリカ政府関係機関や軍事用途における情報の保護を目的として、機密情報のレベルに応じた暗号化装置やモジュール、部品に関する厳格な要求仕様を定めています。これらの仕様に適合し、国家安全保障上の機密情報を扱うことができる製品は、「タイプ1プロダクト」と呼ばれます。FASCINATORは、このNSAのタイプ1基準を満たすべく設計された、音声暗号化のための重要なモジュールでした。
FASCINATORが開発された1980年代末頃、モトローラの通信部門は年間30億ドル以上の大きな売上を上げており、特にアメリカ政府や公共機関向けに、携帯型無線機をはじめとする多くの通信機器を製造・販売していました。同社はこれらの無線機のための音声暗号化モジュールも独自に開発しており、1976年に連邦情報処理標準（FIPS）として採用されたDES方式のモジュールなど、複数の種類が存在しました。しかし、DES方式は56ビットという鍵長の短さなどから暗号強度が低く、NSAはこれらのモジュールをタイプ1プロダクトとは認めていませんでした。
1989年頃、モトローラは米軍向けにSABERと呼ばれるデジタル方式の携帯無線機を開発しました。当初、この無線機はDES方式のモジュールにのみ対応していましたが、軍事用の機密情報のやり取りにはDESでは不十分でした。そのため、SABERの開発とほぼ同時期に、NSAのタイプ1基準を満たす音声暗号化モジュールとしてFASCINATORの開発が進められることになったのです。
FASCINATORモジュールは、従来のDES方式のモジュールと物理的に直接差し替えが可能になるように設計されていました。これにより、既存のDES対応無線機を比較的容易に高セキュリティ化することができました。しかし、暗号化方式自体が異なるため、FASCINATORモジュールとDESモジュールを搭載した無線機間で直接通信する際の互換性はありませんでした。
暗号鍵の設定には、モトローラ独自のKVL（Key Variable Loader）フィルデバイスではなく、米軍の暗号化装置で広く使用されていたKYK-13フィルデバイスが用いられました。FASCINATORがタイプ1として認められるのは、NSAから提供された暗号鍵を使用した場合のみであり、それ以外の鍵の使用は厳しく禁止されていました。当時の暗号鍵は紙テープで提供され、KOI-18紙テープ読み取り装置で読み込んだ後、KYK-13に一時的に格納されました。KYK-13から無線機への鍵のロードは、専用のインターフェースボックスを介して行われました。機密保持のため、暗号鍵は通常1週間ごとに交換する必要がありました。
音声信号は、適応デルタ変調の一種であるCVSD（Continuously Variable Slope Delta modulation）により、12 kbpsのデジタル信号に変換された後に暗号化されました。この暗号化には、米軍のVINSONファミリー（KY-57/KY-58など）で使用されていたSAVILLEアルゴリズムが採用されたと言われています。ただし、音声符号化時のビットレートが異なるなどの理由から、FASCINATORとVINSONファミリー搭載機器との間で直接的な相互運用性はありませんでした。
FASCINATOR秘話モジュールは、モトローラのいくつかの携帯型および車載型デジタル無線機で使用することができました。具体的な対応機種としては、SABER、SPECTRA、MCX100、MX300、MX300-S、PX300S、SYNTOR X9000、SYNTOR X9000 E、そしてブリーフケース型の可搬式無線中継機であるPortable Repeaterなどがあります。
また、米軍で広く使用されている一部の軍用無線機、例えばAN/PRC-117F、携帯型のAN/PRC-148J、AN/PRC-152なども、搭載する秘話モジュール自体はFASCINATORとは異なるものの、FASCINATORと同じ暗号化方式をサポートしており、相互運用性がありました。
対応機種の一例として、SABERシリーズを挙げると、このシリーズには多くのバリエーションが存在しましたが、全てのモデルでFASCINATORモジュールが使えるわけではありませんでした。SABERには秘話モジュール対応機種と非対応機種が存在し、FASCINATORは対応機種でのみ使用可能でした。両者の外観はほとんど変わりませんが、対応機種は秘話モジュールを装着する分だけわずかに高さが異なりました。また、FASCINATORモジュールの性質上、機密性の高い用途に限定されていたため、原則としてアメリカ国内向けに認可されたモデルのみで使用が許されていました。
SABERシリーズで使用可能な秘話モジュールは、FASCINATORモジュールのほか、DESモジュールやモトローラ独自の暗号化方式を用いるものなど複数種類がありましたが、これらは全て同じ物理的なサイズ・形状をしていました。モジュール下部には2列に並んだ接続用の20本のピンがあり、無線機のメイン基板に差し込める構造になっていました。SABERシリーズ用のFASCINATORモジュールには、「NTN7298」というモジュール名が付与されていました。
FASCINATORは、既存の無線機を物理的に大きな改造なしに高セキュリティな機密通信に対応させることを可能にした点で、モトローラのデジタル無線通信の歴史において重要な役割を果たしたモジュールと言えます。
1980年代当時、モトローラ製のデジタル無線機には、暗号強度が十分でないData Encryption Standard (DES) 方式の秘話モジュールが主に使用されていました。これに代わる、より高水準のセキュリティを満たす手段として、FASCINATORは1980年代末に開発されました。このモジュールを搭載した無線機は、アメリカ政府の機密情報を安全に送受信するために利用が認められました。
NSAのタイプ1プロダクト基準
アメリカ国家安全保障局（NSA）は、アメリカ政府関係機関や軍事用途における情報の保護を目的として、機密情報のレベルに応じた暗号化装置やモジュール、部品に関する厳格な要求仕様を定めています。これらの仕様に適合し、国家安全保障上の機密情報を扱うことができる製品は、「タイプ1プロダクト」と呼ばれます。FASCINATORは、このNSAのタイプ1基準を満たすべく設計された、音声暗号化のための重要なモジュールでした。
開発の背景
FASCINATORが開発された1980年代末頃、モトローラの通信部門は年間30億ドル以上の大きな売上を上げており、特にアメリカ政府や公共機関向けに、携帯型無線機をはじめとする多くの通信機器を製造・販売していました。同社はこれらの無線機のための音声暗号化モジュールも独自に開発しており、1976年に連邦情報処理標準（FIPS）として採用されたDES方式のモジュールなど、複数の種類が存在しました。しかし、DES方式は56ビットという鍵長の短さなどから暗号強度が低く、NSAはこれらのモジュールをタイプ1プロダクトとは認めていませんでした。
1989年頃、モトローラは米軍向けにSABERと呼ばれるデジタル方式の携帯無線機を開発しました。当初、この無線機はDES方式のモジュールにのみ対応していましたが、軍事用の機密情報のやり取りにはDESでは不十分でした。そのため、SABERの開発とほぼ同時期に、NSAのタイプ1基準を満たす音声暗号化モジュールとしてFASCINATORの開発が進められることになったのです。
機能と利用方法
FASCINATORモジュールは、従来のDES方式のモジュールと物理的に直接差し替えが可能になるように設計されていました。これにより、既存のDES対応無線機を比較的容易に高セキュリティ化することができました。しかし、暗号化方式自体が異なるため、FASCINATORモジュールとDESモジュールを搭載した無線機間で直接通信する際の互換性はありませんでした。
暗号鍵の設定には、モトローラ独自のKVL（Key Variable Loader）フィルデバイスではなく、米軍の暗号化装置で広く使用されていたKYK-13フィルデバイスが用いられました。FASCINATORがタイプ1として認められるのは、NSAから提供された暗号鍵を使用した場合のみであり、それ以外の鍵の使用は厳しく禁止されていました。当時の暗号鍵は紙テープで提供され、KOI-18紙テープ読み取り装置で読み込んだ後、KYK-13に一時的に格納されました。KYK-13から無線機への鍵のロードは、専用のインターフェースボックスを介して行われました。機密保持のため、暗号鍵は通常1週間ごとに交換する必要がありました。
音声信号は、適応デルタ変調の一種であるCVSD（Continuously Variable Slope Delta modulation）により、12 kbpsのデジタル信号に変換された後に暗号化されました。この暗号化には、米軍のVINSONファミリー（KY-57/KY-58など）で使用されていたSAVILLEアルゴリズムが採用されたと言われています。ただし、音声符号化時のビットレートが異なるなどの理由から、FASCINATORとVINSONファミリー搭載機器との間で直接的な相互運用性はありませんでした。
対応機種
FASCINATOR秘話モジュールは、モトローラのいくつかの携帯型および車載型デジタル無線機で使用することができました。具体的な対応機種としては、SABER、SPECTRA、MCX100、MX300、MX300-S、PX300S、SYNTOR X9000、SYNTOR X9000 E、そしてブリーフケース型の可搬式無線中継機であるPortable Repeaterなどがあります。
また、米軍で広く使用されている一部の軍用無線機、例えばAN/PRC-117F、携帯型のAN/PRC-148J、AN/PRC-152なども、搭載する秘話モジュール自体はFASCINATORとは異なるものの、FASCINATORと同じ暗号化方式をサポートしており、相互運用性がありました。
対応機種の一例として、SABERシリーズを挙げると、このシリーズには多くのバリエーションが存在しましたが、全てのモデルでFASCINATORモジュールが使えるわけではありませんでした。SABERには秘話モジュール対応機種と非対応機種が存在し、FASCINATORは対応機種でのみ使用可能でした。両者の外観はほとんど変わりませんが、対応機種は秘話モジュールを装着する分だけわずかに高さが異なりました。また、FASCINATORモジュールの性質上、機密性の高い用途に限定されていたため、原則としてアメリカ国内向けに認可されたモデルのみで使用が許されていました。
SABERシリーズで使用可能な秘話モジュールは、FASCINATORモジュールのほか、DESモジュールやモトローラ独自の暗号化方式を用いるものなど複数種類がありましたが、これらは全て同じ物理的なサイズ・形状をしていました。モジュール下部には2列に並んだ接続用の20本のピンがあり、無線機のメイン基板に差し込める構造になっていました。SABERシリーズ用のFASCINATORモジュールには、「NTN7298」というモジュール名が付与されていました。
FASCINATORは、既存の無線機を物理的に大きな改造なしに高セキュリティな機密通信に対応させることを可能にした点で、モトローラのデジタル無線通信の歴史において重要な役割を果たしたモジュールと言えます。
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