FR-V

FR-Vは、日本の電機メーカーである富士通が1999年から2010年にかけて展開した、独自のマイクロプロセッサ（マイコン）とその周辺技術を含むソリューション群です。特にデジタルAV家電や携帯電話などの組込みシステムにおけるマルチメディア処理用途に注力されました。

概要

FR-Vの最大の特徴は、RISC（Reduced Instruction Set Computer）設計をベースに、可変長VLIW（Very Long Instruction Word）アーキテクチャを採用していた点です。VLIW方式では、コンパイラが複数の独立した命令を一つにまとめて発行することで、プロセッサが1サイクルで同時に複数の処理を実行可能となり、高い処理性能を実現します。これは、動作周波数を上げることによる消費電力増大を抑えつつ性能を向上させる手法として選択されました。

富士通は、1990年代にVLIW型スーパーコンピューター「VPPシリーズ」で世界最高性能を達成した実績があり、FR-Vの開発にはそこで培われた高度なハードウェアおよびコンパイラ技術が継承されました。特に、命令スケジューリングをハードウェアで行うスーパースカラ方式に対し、ソフトウェア（コンパイラ）で行うVLIW方式ではコンパイラの性能が鍵となりますが、富士通はスーパーコンピューターの開発を通じてこの分野でも豊富な経験と高い技術力を有していました。

FR-Vシリーズは、汎用マイコンとしてのLinuxやμITRONといったOSへの対応能力と、MPEG2やH.264といった動画コーデックをソフトウェアで専用プロセッサ並みに処理できる能力を兼ね備えていました。これにより、特定用途向け集積回路（ASIC）と比較して柔軟性の高い「プログラマブルプラットフォーム」として、様々なデジタルAV機器や携帯電話に採用されました。

応用と成功

FR-Vは、デジタルテレビやレコーダー、携帯電話の地上デジタル放送（ワンセグ）受信機能、デジタルカメラ、カメラ付き携帯電話など、幅広いデジタル機器に搭載されました。特に、富士通が展開していた画像処理プロセッサ「Milbeaut」のマルチメディア処理コアとしても採用され、キヤノンやソニーを除く多くのデジタルカメラメーカー（ニコンの「Expeed」、ライカの「MAESTRO」など）にもその技術が供給されました。

2008年頃には、デジタル一眼レフカメラ向け画像処理LSI市場で世界シェア約50%、H.264対応コーデック向けLSI市場では世界首位を獲得するなど、特定の分野で大きな成功を収めました。

技術的詳細と課題

FR-Vシリーズには、高性能なFR500系、低消費電力のFR300系、中間のFR400/FR450系など、複数のファミリーが存在しました。これらは32ビットアーキテクチャを持ち、シリーズによって最大2命令（2Way）、4命令（4Way）、8命令（8Way）の同時発行能力を持っていました。可変長VLIW命令形式やパッキングフラグ方式によるコード圧縮、SIMD命令によるメディア処理高速化、浮動小数点演算機能などを備えていました。

しかし、VLIWアーキテクチャには「命令レベルの並列性」に限界があるという課題も存在しました。実行ユニットを増やしても、コンパイラが十分に命令を並列化できなければ性能向上率は鈍化します。FR-Vは最大8並列が限界とされ、これは当時の他のVLIWプロセッサ（Intel ItaniumやTransmeta Crusoeなど）にも共通する課題でした。

性能向上のために、FR-Vもマルチコア化（複数のコアを1チップに搭載する方式）を試みましたが、2000年代中ごろのマルチコア対応ソフトウェア技術はまだ未成熟であり、期待したほどの効果が得られにくいという問題に直面しました。また、半導体の製造プロセス微細化競争でも、競合他社に先行を許す場面がありました。

地デジ対応と展開終焉

2006年に日本で地上デジタル放送が開始されると、高圧縮率が特徴のH.264/AVCコーデックへの対応が求められました。富士通はソフトウェア処理とFR-Vコアによるハードウェア支援を組み合わせることでこれに対応し、フルHDリアルタイムエンコードが可能なH.264コーデックLSI「MB86H50」などを開発しました。このLSIを搭載した映像伝送装置「IP-9500」は、高画質・低遅延性が評価され、国内外の放送事業者や通信事業者で広く利用されました。

一方で、富士通社内では汎用LSI事業の収益性が課題となり、事業の迅速な判断が必要とされる状況になっていました。独自マイコン開発は先行投資負担が大きく、収益化が遅れていました。2010年頃には、高性能化が進み汎用性の高いARMアーキテクチャが組込みシステム市場で圧倒的に普及し、独自のマイコンコアを持つことが強みではなく、むしろ開発コスト増や互換性の問題から足かせとなりつつありました。この状況を受け、富士通セミコンダクターは独自マイコンの開発からの撤退と、ARMコアへの一本化を決定しました。これにより、FR-Vシリーズの展開も2010年をもって打ち切られました。

その後

FR-Vシリーズの開発終了後、富士通のマイコン事業は2013年にSpansion社へ譲渡されました。FR-Vの開発に携わった技術者の一部は、2015年に富士通セミコンダクターのSoC事業とパナソニックのSoC事業が統合して設立されたソシオネクストに移籍し、かつてFR-Vがコアとして使用されていた画像処理LSI「Milbeaut」の開発・展開を続けています。また、FR-Vの一部製品が製造されていた富士通三重工場も後に売却されています。

FR-Vは、VLIWアーキテクチャという先駆的な技術を用いて、デジタルAV機器などのマルチメディア処理分野で一時的に大きな成功を収めましたが、VLIWの技術的な限界や、組込みプロセッサ市場におけるARMの寡占化の波に抗えず、その歴史に幕を閉じました。これは、同時期にVLIWを採用した他のプロセッサ（Intel Itaniumなど）や、独自アーキテクチャからARMへ移行した競合他社（NECなど）とも共通する、当時の半導体業界の大きな流れを象徴する事例と言えます。

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