HAPPY END (アルバム)

はっぴいえんどの3枚目のスタジオ・アルバム『HAPPY END』は、1973年2月25日にリリースされました。このアルバムは、バンドにとって重要なターニングポイントであり、その制作背景には興味深いエピソードが隠されています。

アルバム制作のきっかけは、大瀧詠一のソロ・アルバムのリハーサル中に、高田渡が三浦光紀からアメリカ旅行に誘われたことでした。大瀧も誘われ、さらに他のメンバーにも声がかかりました。三浦は、解散が決まっていたはっぴいえんどの最後のアルバムを、アメリカでレコーディングすることを提案しました。当時、アメリカの主要なスタジオには16トラックのレコーディング機材が導入されており、その技術に触れることが、メンバーにとって貴重な経験になると考えたからです。

大瀧、細野晴臣、鈴木茂はアメリカでのレコーディングに乗り気でしたが、松本隆は当初、解散が決まっているグループのレコーディングに抵抗しました。しかし、最終的にはドラムに専念し、鈴木の作品以外には歌詞を提供しないという条件で参加することになりました。ところが、現地に到着すると、大瀧がソロ作品の制作直後で、曲を用意できていないことが判明します。そこで松本は、マネージャーを通じて国際電話で歌詞を聞き取り、大瀧に提供するという緊急事態が発生しました。

1972年10月4日、メンバーとスタッフは羽田を出発し、ハリウッドへ向かいました。レコーディングは、サンセット・サウンド・レコーダーズで行われました。驚くべきことに、レコーディング中にビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』も同じスタジオでレコーディングされていたことがわかります。さらに、はっぴいえんど結成のきっかけとなったバッファロー・スプリングフィールドの『アゲイン』も、このスタジオでレコーディングされたという事実に、大瀧は深い因縁を感じたそうです。

しかし、レコーディングは順調に進んだわけではありませんでした。メンバーは寡黙になり、スタジオの雰囲気はギクシャクしていました。エンジニアのウェイン・デイリーは、その異様な光景に「まず笑え、笑わなかったら俺は降りる」とメンバーに笑顔を要求したほどです。それでも、アメリカの乾燥した空気や高い電圧が、楽器の音色や響きに影響を与え、メンバーを高揚させました。鈴木茂が中心となり、レコーディングは徐々に軌道に乗っていきました。

ベーシック・トラックの録音後には、カービー・ジョンソン率いるブラス・セクションや、リトル・フィートのローウェル・ジョージとビル・ペインが参加。さらに、ヴァン・ダイク・パークスが突然スタジオに現れ、「さよならアメリカ さよならニッポン」を共作するというサプライズもありました。ダビングや歌入れの際には、歌詞の英訳が用意されましたが、原詞のニュアンスを十分に伝えることができず、言語の壁に直面するという苦労もありました。

すべてのレコーディングを終えた後、ミックス・ダウンはウェイン・デイリーに任せ、メンバーはサンフランシスコへ移動。現地の日系人向けテレビ局に出演し、10月25日に帰国しました。大瀧は後に、「さよならアメリカ さよならニッポン」のレコーディングを通じて、自身の音楽的なルーツが、ヴァン・ダイク・パークスやブライアン・ウィルソン、フィル・スペクターといったアメリカのポップス・シーンと繋がっていることを確信したと語っています。この経験が、その後の彼の音楽活動に大きな影響を与えたことは間違いありません。

『HAPPY END』は、バンドの実質的なラスト・アルバムとなり、メンバーそれぞれの方向性が明確になったオムニバス的な作品として、音楽史にその名を刻んでいます。B面の4曲目に収録されている「外はいい天気」は、後に日本生命のCMに使用され、幅広い層に親しまれるようになりました。

アルバム・ジャケットは“WORK SHOP MU!!”が担当。シンプルなデザインで、抱き合う男女の写真は、1947年のアメリカの家庭雑誌からの引用です。これは、40～50年代のハリウッド映画のラスト・シーンを連想させ、ラスト・アルバムを意識したものでした。レコード中袋の写真は、野上眞宏がフジペットで撮影したもので、メンバーの背景には“MU!!”が借りていたハウスが写っています。

このアルバムは、はっぴいえんどの音楽的な冒険と、メンバーそれぞれの才能が結実した作品として、今もなお多くの音楽ファンに愛され続けています。

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