IM-1

IM-1ミッション

IM-1は、アメリカ合衆国の宇宙企業インテュイティブ・マシーンズ社が実行した最初の月着陸ミッションです。このミッションは、アメリカ航空宇宙局（NASA）が推進する商業月面輸送サービス（CLPS）プログラムの初期段階における重要な取り組みの一つとして位置づけられています。CLPSは、民間企業にペイロード（観測機器や物資など）の月面輸送を委託することを目的としており、IM-1はアストロボティック・テクノロジー社のミッションと共に、その先陣を切る形となりました。

月着陸機「オディシアス」

このミッションのためにインテュイティブ・マシーンズ社が開発した月着陸機は「Nova-C」と呼ばれています。高さ4.3メートル級の小型機であり、最大130kgのペイロードを輸送する能力を持ちます。電力は搭載された太陽電池で賄われます。特筆すべきは、メインエンジンが3Dプリンター技術を用いて製造されており、燃料には液体酸素と液体メタンを使用している点です。Nova-Cの開発には、かつてNASAが進めていた「プロジェクト・モーフィアス」で研究された技術が活かされています。

IM-1に使用されたNova-Cの機体には、特別な愛称として「オディシアス」と名付けられました。この名前は、ギリシャ神話の英雄オデュッセウスに由来し、インテュイティブ・マシーンズ社の社員投票によって選ばれたものです。人工天体であるため、英語読みの「オディシアス」が正式な呼称とされています。

ミッションの推移

NASAとの契約が締結された当初、IM-1の打ち上げは2021年7月に予定されていました。しかし、開発や準備の都合により複数回の延期を経て、最終的に2024年2月15日（協定世界時6時5分）に、スペースX社のファルコン9ロケットによってフロリダ州から打ち上げられました。従来の民間月着陸機ミッションと比較して、IM-1はより短い期間で月に到達する軌道を選択したため、打ち上げからわずか数日で月周回軌道への投入に成功しました（2月21日）。

搭載機器

オディシアスには、科学観測や技術実証を目的とした様々な機器が搭載されていました。特に、NASAがCLPSプログラムを通して委託した以下の6つの機器が主要なペイロードとして挙げられます。

ROLSES: 月面近くの光電子シースの電波観測
LRA: 地球からのレーザーを反射し、地球・月間距離を測定
NDL: 着陸精度向上を目指したドップラー・ライダー
SCALPSS: 着陸時のダスト巻き上がりを観測するステレオカメラ
LN-1: 周回衛星や着陸機への位置情報提供ビーコン
RFMG: 低重力環境での燃料残量測定装置

これらの科学・技術ペイロードに加え、国際月面天文台協会の天文観測用カメラや、一般からのメッセージ・写真を収めたデータストレージ、さらにはジェフ・クーンズ氏による芸術作品なども搭載されていました。

月面着陸とトラブル

月周回軌道に到達後、オディシアスは月面着陸に向けた準備を進めましたが、ここで重大な問題が判明します。着陸に使用するはずだったレーザー高度計が正常に機能しないことが明らかになったのです。このため、急遽、搭載ペイロードの一つであるNASAの精密な速度・遠近判定装置（NDL）から得られるデータを代替として利用する計画が立てられました。この対応のために、機体のソフトウェアを急遽書き換える必要が生じ、着陸時刻は当初予定から約1時間遅延しました。しかし、最終的にNDLのデータも十分活用できず、慣性情報と画像データに基づいた不正確な高度判断での降下となり、機体の損傷を伴う不完全な着陸につながったと考えられています。

オディシアスは、協定世界時2024年2月22日23時24分に、月の南極域にあるマラパートAクレーター近傍への軟着陸を達成しました。これは、民間企業として世界初の月面軟着陸成功であり、米国としては1972年のアポロ17号以来の偉業となりました。この着陸地点は、過去の月着陸ミッションが行われた場所と比較して、最も南極点に近い高緯度でした。

着陸後の状況と運用終了

着陸成功の発表後、インテュイティブ・マシーンズ社はオディシアスが横倒しの姿勢で月面に停止していることを明らかにしました。当初計画されていた直立状態とは異なり、6本の着陸脚のうちの1本が破損したか、あるいは月面の窪みにはまり込んだ可能性が示唆されました。転倒により月面に面した側には、科学観測機器は搭載されておらず、芸術作品などが取り付けられていました。機体は傾いていましたが、地球との通信は確立され、データの送信も行われました。

着陸から数日後、上空を通過したNASAの月周回衛星LRO（ルナー・リコネサンス・オービター）によって着陸地点のオディシアスの姿が撮影され、その後の画像解析などから、機体が約30度傾いた状態であることが確認されました。オディシアスは太陽電池で電力を得ていましたが、着陸地点が月の夜に入ったことで発電が不可能となり、運用が休止されました。その後、月の夜が明けた後に再起動が試みられましたが、機体からの応答は得られず、バッテリーが完全に消耗したと判断されました。これを受け、インテュイティブ・マシーンズ社は2024年3月23日にオディシアスの運用終了を発表しました。

IM-1ミッションは、着陸時のトラブルにより当初想定されたすべての目標を達成することはできませんでしたが、民間企業による世界初の月面軟着陸という歴史的な一歩を刻みました。インテュイティブ・マシーンズ社は、今後もCLPSプログラムのもと、IM-2、IM-3といった後続の月探査ミッションを計画しています。

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