Intel i960

i960 マイクロプロセッサの詳細

i960（または80960）は、インテルが開発したRISC（Reduced Instruction Set Computing）ベースのマイクロプロセッサです。1990年代初頭に組み込みシステム用マイクロコントローラとして、その地位を確立しました。特に、当時市場を席巻していたAMD Am29000の牙城を崩すほどの勢いを見せました。しかし、その成功にもかかわらず、1990年代後半にはインテルのマーケティング戦略の転換により、DECとの訴訟和解で得たStrongARMにその座を譲ることになりました。

開発経緯

i960の開発は、1980年代初頭にiAPX 432の失敗を受けてスタートしました。iAPX 432は、高級言語（AdaやLISPなど）をハードウェアで直接サポートすることを目標とし、タグ付き・保護付きのメモリシステムや自動ガベージコレクション機能を持たせようとしました。しかし、その複雑な命令セットや設計上の問題から、当時の他のプロセッサと比較して性能が著しく劣る結果となりました。

1984年、インテルとシーメンスは、Adaをシステム言語とするハイエンド・フォールトトレラント・オブジェクト指向コンピュータシステムを共同で開発するプロジェクト（BiiN）を開始しました。i432の開発チームの多くがこのプロジェクトに参加し、IBMから来たGlenford Myersが指揮を執りました。BiiNシステムは、銀行、産業システム、原子力発電所など、高い信頼性が求められる分野での利用を想定しており、i432の保護されたメモリのコンセプトは、BiiNシステムの設計に大きな影響を与えました。

i432での性能問題を踏まえ、i960の中核となる命令セットアーキテクチャ（ISA）は、RISCベースとされました（i960MXでのみ完全実装）。メモリサブシステムは33ビット幅（32ビットのアドレスと保護メモリを表す1ビットのタグ）を採用しました。また、i960はBerkeley RISCの設計思想を継承し、レジスタウィンドウを特徴としていました。対照的に、競合するスタンフォード大学の設計（MIPSとして商業化）は、コンパイラの最適化に依存し、このような機能は持っていませんでした。メモリ管理に関しては、フラットな32ビット空間を採用し、セグメント方式は採用しませんでした。i960は、複数の命令を並行して複数のプロセッサ内ユニットで実行するスーパースケーラ実装が期待されていました。

製品としての歴史

最初のi960プロセッサであるi960MCは、1985年10月にテープアウトされ、1985年末から1986年初頭にかけて最初の実動チップが製造されました。しかし、市場の変化に伴いBiiNプロジェクトは消滅し、i960MXだけが残されました。Myersは、BiiNシステム向けに設計されたアーキテクチャからサブセットを抜き出し、インテル経営陣を説得して、i960を汎用プロセッサ市場に投入しようとしました。当時、市場の主流は80286であり、80386も市場に登場しようとしていた時期でした。また、UNIXシステムなどのRISC市場もターゲットとし、NeXTへの採用も打診されましたが、社内外にi860というライバルも存在していました。

結果として、Myersはインテル経営陣を十分に説得できず、i960は汎用やUNIX市場には進出できませんでしたが、ハイエンドの32ビット組み込みシステム市場で活路を見出しました。保護付きメモリ機能は、BiiN特有のものと見なされ、製品の説明書では強調されませんでした。そのため、多くの人がi960MCの無駄に大きく、使わないピンが多いことを疑問に思いました。メモリ管理機能を省略したバージョンはi960KA、FPUを省略したバージョンはi960KBと名付けられましたが、これらはラベルが異なるだけで中身は同じチップでした。

完全なi960MXは軍用以外では販売されませんでしたが、i960MCはハイエンド組み込み用途で、i960KAはレーザープリンタ市場や初期のグラフィック端末などの組み込み用途で、低価格の32ビットプロセッサとして成功を収めました。最初の純粋なRISC実装であるi960CAは、スーパースケーラ方式を採用し、ユニークなアドレスを持つオンチップキャッシュを搭載していました。i960CAは、世界初のシングルチップスーパースケーラRISCプロセッサと見なされています。CシリーズはALUを1つしか持っていませんが、算術演算命令、メモリ参照命令、分岐命令を並行して実行することができました。i960CFはFPUを内蔵しましたが、MMUは削除されたままでした。i960CAを採用したX端末が、横河・ヒューレット・パッカードによって開発・販売されました。

インテルは、i960をI2O標準の入出力機器コントローラとして売り出そうとしましたが、あまり成功せず、最終的に開発を終了しました。1990年代中盤には、価格性能比で後発のチップに抜かれ、また、インテル自身も低電力版の開発に消極的でした。

1990年、i960の設計チームはi386の後継プロセッサの第二設計チームに移動し、Pentium Proの設計に携わることになりました。i960のプロジェクトはより小さなチームに引き継がれ、徐々に終焉を迎えることとなりました。

関連項目

μClinux

脚注

参考文献

「SuperASCII 1991年8月号」第2巻第8号、株式会社アスキー出版、1991年8月1日。

もう一度検索