LA音源

LA音源とは

1987年にローランドが発売したシンセサイザーD-50に初めて搭載されたLA音源は、同社初のフルデジタル音源です。デジタル黎明期の1980年代において、限られたマシンパワーの中で小容量PCMと単純波形のオシレータを組み合わせることで、FM音源に次ぐ人気を博しました。特に「Fantasia」や「Calliope」といった特徴的な音色は、様々な場面で耳にすることができました。

LA音源は、Linear Arithmeticの頭文字を取ったもので、アナログシンセサイザーのような直感的な音作りを目指し、複雑で扱いの難しかったFM音源を克服する新しいデジタル音源として、多くの支持を集めました。

LA音源の背景

1983年に登場したFM音源搭載のフルデジタルシンセサイザーDX7/DX9は、コストパフォーマンスの高さと斬新さで大ヒットし、アナログシンセサイザーの陳腐化を加速させました。しかし、FM音源は、オペレータやアルゴリズムといった新しい概念を理解する必要があり、パラメータと音色の変化が予測しにくいという問題点がありました。そのため、ユーザーは目的の音色にたどり着くために、試行錯誤を繰り返す必要がありました。

ローランドは、これらの課題を解決するために、アナログシンセサイザーのような直感的な操作性と、FM音源に対抗できる複雑な倍音構成を持つ波形合成を両立できるデジタル音源の開発に取り組みました。その結果、誕生したのがLA音源です。

LA音源の特徴

線形演算方式

LA音源は、パラメータの変化に対して音色の変化が比例関係になるように設計されています。これにより、音色の変化を予測しやすくなり、目的の音色に容易にたどり着けるようになりました。これは、複雑な倍音の再現を小容量のPCMデータに任せ、FM音源のようなカオス的な現象を回避した結果です。

ハイブリッド音源

当時のメモリ価格が高価だったため、波形のすべてをPCMで取り込むことは現実的ではありませんでした。そこでローランドは、アタック部など倍音の変化が大きい部分をPCMで、その他の周期性の高い波形を矩形波やのこぎり波で再現するハイブリッド方式を採用しました。この方式により、少ないメモリで多様な音色を作り出すことが可能になりました。

PCM片には、自然楽器のアタック部だけでなく、複雑な倍音構成を持つ特徴的な波形も含まれており、これらを組み合わせることで、アコースティック楽器の再現にとどまらない、新しい音の合成を可能にしました。また、搭載される機種の用途や特性に合わせてPCM片が選ばれており、LA音源の個性を決定づける重要な要素となっています。

パーシャルとストラクチャー

LA音源の最小単位はパーシャルと呼ばれ、32基搭載されています。パーシャルは、シンセサイザーサウンドジェネレーターとPCMサウンドジェネレーターの2つのモードを持ち、ストラクチャーによって、パーシャルの組み合わせ方を設定します。

エフェクトの内蔵

エフェクトも音色の一部であるという考えから、LA音源はデジタルリバーブやデジタルコーラスなどのエフェクトを内蔵しています。これにより、音色をより豊かに表現することが可能になりました。

スケーラビリティ

LA音源は、ハイエンドモデルのD-50から、ローエンドモデルまで、すべての機種で同一の音源チップを使用しています。これにより、高い基本性能とコスト対応力を両立することができました。機種間の差別化は、音質やPCM片の選定によって行われ、GS音源が登場するまで、ローランドの標準音源として様々な機種展開を支えました。

LA音源の構造

パーシャル

LA音源の最小構成単位であるパーシャルは、PCMサウンドジェネレーターとシンセサイザーサウンドジェネレーターの2つのモードを持ちます。各パーシャルには、時間的な変化を制御するエンベロープジェネレーターが搭載されています。

PCMサウンドジェネレーター：PCM波形を再生します。
シンセサイザーサウンドジェネレーター：のこぎり波や矩形波を生成します。

ストラクチャー

ストラクチャーは、複数のパーシャルを組み合わせて1つのトーンを構成する方法を定義します。

リングモジュレータ

LA音源には、リングモジュレータが搭載されており、2つのパーシャルから複雑な倍音を持つ波形を生成することができます。

LA音源のバリエーション

LA音源は、D-50/D-550系列、D-10/D-20/D-110/D-5系列、MT-32/CM-32L/CM-64系列、D-70系列の4つのシリーズに分かれています。それぞれのシリーズ間で音色パラメータの互換性はありません。

D-50系列：ライブパフォーマンス向けのシンセサイザーです。PCM片の種類が少なく、音作りの自由度が低いですが、操作性が高く、演奏に特化しています。
D-10系列：マルチティンバー音源としての性格が強く、少ないパーシャルで完成度の高い音を作ることが可能です。PCM片の種類が多く、音作りの自由度が高いのが特徴です。
MT-32系列：マルチティンバー音源としての利用を前提としており、同時発音数を確保するために、音作りよりもパーシャルの消費を抑えることに重点が置かれています。
D-70系列：Advanced LA音源を搭載しており、従来のLA音源とは異なる音作りが可能になっています。PCMにTVFをかけることができるようになり、より柔軟な音作りが可能になりました。

Advanced LA音源

D-70に搭載されたAdvanced LA音源は、従来のLA音源を拡張したもので、PCMにTVFをかけることができるようになりました。この結果、シンセサイザーとPCMというハイブリッド構成の意味がなくなり、WGはPCMで一本化されました。新規に搭載されたDLMによって、PCM波形から新しい倍音を生成することも可能です。

LA音源の評価

LA音源は、アナログシンセサイザーをデジタル化し、さらに生音を再現するという高度化の流れの中で登場した、技術的に過渡期の音源の1つと言えます。FM音源の扱いにくさを克服し、直感的な音作りとリアルな音色の両立を目指した点が特徴です。しかし、メモリ容量の制限から、PCMと周期的な波形を組み合わせて音を再現するという方法に限界がありました。

その後、半導体技術の進歩により、大容量メモリを安価に搭載できるようになったため、すべての波形をPCMで取り込むことができるプレイバックサンプラーが主流になりました。しかし、LA音源でしか生み出せない独特な音色は、現在でも多くの人に愛されています。

主なLA音源搭載機種

D-50/D-550: ローランド初のフルデジタルシンセサイザー。LA音源を初めて搭載。
MT-32: ローランド初のマルチティンバー音源。電子ピアノの拡張音源として開発された。
MT-100: MT-32相当の音源とMIDIシーケンサーを一体化した製品。
LAPC-I: IBM-PC内蔵用のLA音源ボード。
D-10/D-20/D-110: D-50やMT-32と同じLA32を音源チップに持つ中級機種。
CM-64/CM-32L: MT-32の後継機で、デスクトップミュージック用の音源。
D-5: D-10をベースにした小型軽量、低価格のシンセサイザー。
E-10/E-20/PRO-E/E-5/E-30: 自動的に伴奏を付ける「インテリジェントアレンジャー」機能を搭載したシンセサイザー。
D-70: D-50の後継機種で、ライブパフォーマンス指向のフラッグシップモデル。Advanced LA音源を搭載。
LAPC-N: PC-9801内蔵用のLA音源ボード。
CM-32LN: PC-9801シリーズのノート型モデルに用意されていた拡張コネクタに直結可能なLA音源モジュール。
CM-500: CM-64の後継として誕生したデスクトップミュージック用の音源モジュール。GS音源も搭載。


LA音源は、直感的な操作とリアルな音を出すという、それまでのシンセサイザーでは難しかったことを実現するために生まれ、当時の音楽シーンや、現在のシンセサイザーや音楽制作環境に大きな影響を与えました。

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