MACS0647-JD

MACS0647-JDは、地球から見てきりん座の方向にある、極めて遠方の宇宙に存在する天体です。その距離は推定約319億光年にも及び、これは光が私たちに届くまでに319億年もの時間を要することを意味します。つまり、私たちが観測しているMACS0647-JDの姿は、宇宙が誕生してからわずか4億年ほどしか経っていない時代のものです。2012年に発見された際、この天体は当時知られていた天体の中で最も遠い候補の一つとして、天文学界で大きな注目を集めました。

驚異的な距離とその測定

MACS0647-JDの途方もない距離は、天体の光の波長が膨張する宇宙空間を伝播する際に引き伸ばされる現象、すなわち赤方偏移の値から推定されます。観測されたMACS0647-JDの赤方偏移の値は、95パーセントの信頼度で約10.7と見積もられました。この値は、当時最も遠いとされていた別の天体UDFj-39546284で観測された値（約10.3）を上回っており、MACS0647-JDは観測史上、類を見ない遠方にある天体候補となりました。この高い赤方偏移の値から計算される宇宙論的な距離が、約319億光年となるのです。

しかし、MACS0647-JDのような暗い天体の赤方偏移を測定するには、明るい天体で用いられる精度が高い分光観測は困難でした。代わりに、複数の異なる波長帯で明るさを測定する測光観測に基づいた推定が行われましたが、この方法は精度が比較的低いという欠点があります。より正確な赤方偏移、そして真の距離を知るためには、将来打ち上げられる高性能な宇宙望遠鏡による観測が待たれています。発見当時、赤方偏移が10を超える天体はMACS0647-JDとUDFj-39546284のみであり、MACS0647-JDは史上初の赤方偏移11を超える天体となる可能性も秘めていました。その後、UDFj-39546284についても赤方偏移が11.9である可能性が示唆されましたが、その値には大きな不確かさが伴います。現時点ではMACS0647-JDが最も遠い天体である可能性が高いものの、今後の精密な観測によって最遠記録が塗り替えられる可能性も残されています。

天体の記録と性質

MACS0647-JDは、観測史上最も遠い天体候補であるだけでなく、複数の波長で観測された天体としても最も遠方の候補に挙げられます。ただし、その性質を詳細に調べるための分光観測、特に特定の輝線（ライマンα輝線など）の測定が行われていないため、MACS0647-JDが銀河であるかどうかの確定はまだされていません。銀河であることが分光観測で確定している最も遠い天体は、別に存在します。MACS0647-JDは、おそらく銀河、それも宇宙初期に誕生したばかりの原始的な銀河であると考えられています。その大きさは非常に小さく、推定される直径はわずか600光年以下です。これは、私たちの天の川銀河の直径約10万光年と比べると圧倒的に小さく、また、この時代の銀河の典型的なサイズとして予想されていた2000光年よりも小さいことから、初期銀河の多様性を示す例とも言えます。現在の宇宙にある巨大な銀河は、MACS0647-JDのような小さな原始銀河が何度も衝突・合体を繰り返して成長してきたと考えられています。MACS0647-JDに含まれる恒星の総質量は太陽の1億倍から10億倍程度、ダークマターを含めた質量は100億太陽質量程度と推定されており、これも現在の銀河と比べるとはるかに小さい値です。

地球からMACS0647-JDを見ると、深い赤色に見えますが、これは光が長距離を旅する間に赤方偏移によって波長が大きく引き伸ばされた結果です。実際には、宇宙初期の天体を構成する星は大質量で高温な星が多いと考えられており、MACS0647-JD本来の色は、紫外線に富んだ青白い色であると予想されています。この強力な紫外線は、天体周辺の宇宙空間に存在する電気的に中性な水素原子を電離させる、いわゆる「宇宙の再電離」に寄与している可能性が指摘されています。MACS0647-JDが小さく観測されるのは、この電離された水素によって光が遮られるためではないか、という推測も存在します。MACS0647-JDの見かけの後退速度（宇宙の膨張によって私たちから遠ざかる速度）は非常に速く、光速の約98.6パーセントにあたる秒速29万5444キロメートルにも達します。空間の膨張を考慮すると、その速度はさらに大きく、光速の2倍以上に相当します。

観測を可能にした重力レンズ効果

MACS0647-JDは、その極めて遠い距離ゆえに、本来ならば非常に暗く、現在の望遠鏡では観測が難しいはずの天体です。しかし、MACS0647-JDの手前、私たちから約72億8700万光年の距離に、MACSJ0647.7+7015と呼ばれる巨大な銀河団が存在します。この銀河団の持つ莫大な重力によって、MACS0647-JDから放たれた光が曲げられ、集光される「重力レンズ効果」が発生しました。この重力レンズ効果により、MACS0647-JDの像は3つに分裂して観測され、さらに光が約2倍に増幅されたことで、その淡い光を捉えることが可能になったのです。観測された3つの像は、明るい順にJD1、JD2、JD3と名付けられています。

発見の経緯

MACS0647-JDは、ハッブル宇宙望遠鏡による「銀河団拡大観測および超新星サーベイ (CLASH)」プロジェクトの一環として発見されました。2012年2月、ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した多数のフィルター画像の中から、強い赤色を示す天体としてMACS0647-JDが捉えられました。しかし、このような特徴は遠方の天体だけでなく、比較的近くにある恒星や褐色矮星、あるいは古い銀河でも見られる可能性があります。研究チームは数ヶ月をかけて、これらの可能性を慎重に排除していきました。この確認作業には、スピッツァー宇宙望遠鏡による観測も用いられました。もし近い天体であれば観測されるはずの遠赤外線での強い放射が見られなかったことから、MACS0647-JDが indeed（実際に）遠方にある天体であることが確証されました。この発見に関する論文は、2012年 11月15日に発表されました。

まとめ

MACS0647-JDは、宇宙誕生から間もない時代に存在した極めて遠方の天体として、初期宇宙や銀河進化の謎を解き明かす上で貴重な情報源となっています。重力レンズ効果によって観測可能となったその姿は、初期の宇宙がどのような様子であったか、そして銀河がどのように形成され成長してきたのかを知るための重要な手がかりを提供しています。今後のより高精度な観測によって、その正確な距離や物理的な性質がさらに詳細に明らかになることが期待されています。

もう一度検索