MZ-700

MZ-700は、シャープが1982年11月15日に市場に送り出した8ビットパーソナルコンピューターです。同社のMZシリーズに属し、先行機種であるMZ-80Kシリーズの後継として開発されました。高速化やカラー表示への対応といった機能向上を図りながらも、徹底したコスト削減を追求し、ホビー用途に特化した低価格な入門機として設計されています。

特徴的な設計思想

本機は、MZシリーズが伝統的に採用してきた「クリーン設計」を踏襲しています。本体のROMには、ハードウェアを制御するための基本的なルーチン群と、カセットテープなどの外部メディアからソフトウェアを読み込むためのモニタプログラムのみを格納。オペレーティングシステムやプログラミング言語であるBASICなどは、使用時に外部記憶装置からRAMにロードして実行する方式を採っています。この設計により、ユーザーは複数の異なるシステムソフトウェアや言語を選択して利用することが可能でした。標準でシャープ独自のS-BASICと、ハドソンが開発したマイクロソフト BASIC互換のHu-BASICという2種類のBASICがカセットテープで提供されました。

機能強化と互換性への配慮

MZ-700は、CPUのクロック周波数がMZ-80Kの2MHzから3.579545MHzへと大幅に向上しました。また、表示機能が単色からカラーへと進化を遂げた点は大きな変更です。画面上の文字ひとつひとつに対して、文字色と背景色をそれぞれ8色の中から個別に指定できる「アトリビュートエリア」が追加されたことで、表現力が格段に向上しました。さらに、キャラクタジェネレータも拡張され、アルファベットの小文字やひらがななどが表示可能となりました。既存機種との互換性維持にも力が入れられています。搭載された64KBのRAMはフル実装となり、ROMやVRAMなどの領域とアドレスが重なる部分はバンク切り替えによって切り替えられる構造となりました。新しく設計されたモニタプログラム1Z-009Aは、カラー表示や新しいキーボード配列に対応しつつ、基本的なルーチンのエントリアドレスをMZ-80KのモニタSP-1002に合わせることで、多くの既存ソフトウェアがそのまま動作するように配慮されています。同世代のMZ-2000がBASICレベルの互換性に留まったのに対し、MZ-700はハードウェアレベルでの互換性も重視した設計でした。ただし、CPU速度やキーボード配列に強く依存する一部のプログラムやゲームでは、修正が必要となるケースもありましたが、バンク切り替え機能を活用して旧モニタを読み込むといった工夫で対応できる場合もありました。

シリーズ初のディスプレイ分離と周辺機器

従来のMZシリーズが本体一体型のオールインワン設計だったのに対し、MZ-700は低価格を実現するためにディスプレイが分離されました。専用のデジタルRGBディスプレイだけでなく、家庭用テレビに接続するためのコンポジットビデオ出力やRF出力が標準で搭載されました。これは開発側にとっては妥協点でもありましたが、ユーザーにとってはシステム全体の導入コストを抑えられる利点がありました。また、データレコーダーの代わりに家庭用カセットテープレコーダーを利用できる端子も設けられており、身近な民生機器を活用できる設計となっていました。

ユニークな特徴として、本体上部にプロッタプリンターを内蔵できるオプションが用意されていました。これはX軸をペンの左右移動、Y軸を紙の上下移動で実現した簡易的なもので、黒、赤、青、緑の4色のペンを使用できました。構造上、斜線は短い縦横の線の組み合わせで描かれるため階段状になりますが、標準でプリンターインターフェースを備え、CRTディスプレイなしでも限定的な操作が可能になるなど、モバイル用途も意識した設計がなされていました。

キーボードの改良

キー配列は、初心者向けという位置づけから、括弧や四則演算記号などがシフトキーなしで入力できる位置に変更されました。カナ入力時の配列も、従来のJIS配列から五十音順に並べ替えられています。テンキーは搭載されませんでしたが、カーソルキーは上下左右がそれぞれ独立したキーとなり、操作性が向上しました。複数のキー同時入力も認識可能でした。

国内モデルとハードウェア仕様

国内ではデータレコーダーやプロッタプリンターの有無により、MZ-711（基本モデル）、MZ-721（データレコーダー内蔵）、MZ-731（データレコーダーとプロッタプリンター内蔵）の3モデルが展開されました。価格帯は79,800円から128,000円でした。主な仕様はCPUにZ-80A（3.579545MHz）、RAM 64KB、VRAM 4KBを搭載。表示能力は40桁×25行で文字ごとに8色指定が可能。2x2ピクセルのパターンキャラクタを組み合わせることで、40×25の色指定による疑似グラフィックス（80×50ピクセル相当）も表現できました。

国内市場での評価と再評価

発売当初、他の競合機種がグラフィックス表示でアピールする中、MZ-700はキャラクター表示のみであったため、カタログ等では見劣りしがちでした。また、入門機というコンセプトからか、フロッピーディスクドライブなどの高価な純正開発ツールの発売が遅れたこともあり、ヘビーユーザーからは敬遠される側面もありました。しかし、テキスト表示の高速性を活かしたソフトウェアや、ユーザーによる旧機種周辺機器の流用といった工夫も見られました。本機の評価が大きく変わったのは、月刊誌『Oh!MZ』や『Oh!X』などのユーザーコミュニティにおいて、その独特な表示能力の可能性が探求されたからです。キャラクターグラフィックスとアトリビュート機能を最大限に活用することで、データ量を極力抑えながら、他の機種では実現困難な表現が試みられました。『Oh!MZ』に掲載された「タイニーゼビウス」や、『Oh!X』に掲載された「スペースハリアー」は、キャラクターやアトリビュートの組み合わせ、さらにはラスタ単位での制御といった高度なテクニックを駆使し、一見低機能なハードウェアで驚異的なグラフィック表現や高速な動きを実現しました。現代においても、MZ-700の実機やエミュレーター上で、擬似的な多色表示や動画再生に挑戦するユーザーが現れるなど、その表現の可能性は今なお探求され続けています。

現代における展開と海外での販売

MZ-700は、発売から長い年月を経た現在でも、ソフトウェアエミュレーター（MZ700WIN/MZ-Memoriesなど）や、FPGAを用いたハードウェアによる再現が行われています。これらの環境を通じて、多くのファンがMZ-700時代のソフトウェアを楽しんでいます。

また、MZ-700は欧州を中心に海外でも販売されました。海外版はPAL方式への対応やそれに合わせたCPU クロックの変更、キーボード配列やCG-ROMの文字セットの変更（日本語文字の置き換え）といった差異がありました。海外市場では80カラム表示やCP/M|CP_M対応を可能にする周辺機器も登場し、MZ-7.80という名称でセット販売された例もあります。イギリスでは解像度の低さを指摘されつつも、多言語対応などが評価され、「一考の価値がある」と評されましたが、より高解像度でCP/M|CP_M対応の後継機MZ-800が主要な販売機種となり、MZ-700の流通量はそれほど多くありませんでした。

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