Mastcam-Z

Mastcam-Zは、アメリカ航空宇宙局（NASA）が火星探査のために開発したパーサヴィアランスローバーに搭載された、革新的な光学機器システムです。一対の高解像度ズームカメラで構成されており、ローバーの「目」として、火星表面の地形や地質を詳細に観測する主要な科学機器の一つとして機能します。このシステムは、カリフォルニア州サンディエゴを拠点とするマリン・スペース・サイエンス・システムズ社によって設計・製造され、アリゾナ州立大学のジム・ベル教授が主任研究者を務めています。

科学およびミッションの目的

Mastcam-Zは、多岐にわたる科学的目標と、パーサヴィアランスミッション全体の重要な目標達成に貢献するために設計されました。

科学的目標

第一に、ローバーが探査する地域の地形、地質構造、そして過去の環境の記録である岩石や土壌の性質を徹底的に特徴づけることです。これには、鉱物の種類、岩石の質感（テクスチャ）、地層の構造、および堆積順序（層序）を識別し、火星の地質学的な歴史や形成過程を理解することが含まれます。立体視能力とマルチスペクトル画像解析を通じて、三次元的な情報と物質組成の手がかりを得ます。

第二に、火星の現在の大気の状態、天文学的な現象、そして地表と大気の相互作用によって引き起こされる様々なプロセスを監視・評価することです。これにより、火星の気候システムや大気ダイナミクスに関する知見を深めます。

第三に、ローバーの運用を科学的および工学的にサポートすることです。具体的には、安全な移動経路の選定に必要な詳細な地形画像を提供したり、将来地球へ持ち帰る候補となる岩石や土壌サンプルの選定、そしてその採取・保管作業に必要な精密な視覚情報を提供します。また、他の科学機器が行う計測の科学的な文脈を提供し、統合的な理解を助けます。

ミッション目標

NASAの火星探査プログラム全体の観点から、Mastcam-Zは以下の重要な目標達成に貢献します。

一つ目は、探査地域内に存在する、過去に生命が存在しうる環境や、地質学的に多様な特徴を持つ場所を特定し、それらがどのように形成され、変化してきたのかを解明することです。これは、火星における生命の可能性を探る天文生物学研究の根幹をなすものです。

二つ目は、将来のサンプルリターンミッションのために、高品質なサンプル候補を厳選し、採取して密封容器に保管する「キャッシュ」を構築することです。Mastcam-Zの画像は、サンプリング対象の選定と記録に不可欠です。

三つ目は、火星に関する主要な知識のギャップを埋め、将来の有人火星探査に向けた準備を着実に進めることです。人類が火星で活動するための基盤となる科学的・技術的な知見を提供します。

設計と技術的特徴

Mastcam-Zシステムは、パーサヴィアランスローバーのリモートセンシングマストの最上部に搭載された、左右一対のカメラユニットから構成されています。この設計は、キュリオシティローバーに搭載されていたMastcam機器の成功を基盤としていますが、機能が大幅に拡張されています。

Mastcam-Zは、キュリオシティのMastcamと多くの共通点を持っていますが、最大の改良点は3.6:1の光学ズーム機能を備えていることです。キュリオシティのMastcamが固定焦点だったのに対し、Mastcam-Zは視野角を連続的に変更できます。これにより、広大な風景を捉える広角画像から、遠く離れた岩石の細部を拡大して観察する望遠画像まで、柔軟な撮影が可能です。

各カメラは、ブロードバンドフィルター（赤、緑、青）によるカラー画像撮影に加え、可視光から近赤外線にかけての狭帯域フィルターを用いたマルチスペクトルイメージング能力を持ちます。これにより、地質物質の組成に関するより詳細な情報を得ることができます。

イメージセンサーには、解像度1600×1200ピクセルのオン・セミコンダクター製KAI-2020CM CCDが採用されています。このセンサーとズームレンズの組み合わせにより、視野角は約5度（望遠側）から約15度（広角側）まで変化させることができます。これは、一般的な35mmカメラにおけるおよそ135mmから400mm相当の望遠ズームレンズがカバーする視野角に相当し、遠方にある目標物を鮮明に捉える能力に優れています。

チームとキャリブレーション

Mastcam-Zの開発、製造、運用、そして取得されたデータの分析には、約100名の科学者、エンジニア、技術者、管理者、そして学生からなる多分野にわたる大規模なチームが携わっています。このチームは、2014年にNASAがMastcam-Zをパーサヴィアランスミッションのペイロードとして選定して以来、一貫してプロジェクトに取り組んできました。

火星の過酷な環境下で正確なカラー画像や反射率データを得るためには、カメラシステムの精密なキャリブレーション（校正）が不可欠です。パーサヴィアランスローバーには、この目的のために特別に設計された2種類のキャリブレーションターゲットが搭載されています。

主要なキャリブレーションターゲットは「caltarget」と呼ばれ、既知の反射率を持つセラミック製のグレースケールとカラーリファレンス、磁石（火星のちりの堆積を防ぐため）、そして太陽光の方向を示すシャドウポスト（グノモン）が含まれています。カラーリファレンスディスクの間には、太陽系内の惑星や生命の進化、人類の姿、そして宇宙ロケットを象徴する芸術的なビネット（小さな絵柄）がデザインされています。これらはMastcam-Zチームと非営利団体である惑星協会が共同で作成し、NASAの承認を得たものです。ターゲットの基部には、「TWO WORLDS, ONE BEGINNING」（二つの世界、一つの始まり）というメッセージが刻まれ、英語を含む複数の言語でのメッセージも添えられています。

二次的なカラーキャリブレーションターゲットは、ほこりの堆積を避けるために垂直に取り付けられており、主要ターゲットとは独立したキャリブレーションデータを提供することで、測定結果の信頼性を高める役割を果たしています。

教育と広報活動

Mastcam-Zチームは、科学研究だけでなく、一般向けの教育および広報活動にも積極的に取り組んでいます。特に、カリフォルニア州パサデナにある惑星協会と連携し、火星探査の成果や科学の面白さを広く伝えるための様々なアウトリーチ活動を行っています。

特筆すべきは、Mastcam-Zによって撮影された生の画像を、地球へのダウンリンク後、可能な限り迅速に公開していることです。これらの画像は、インターネットを通じて世界中の誰もがアクセスできるようになっており、地球から遠く離れた火星の探査がリアルタイムに近い感覚で共有されています。この取り組みは、科学の透明性を高め、一般の人々の火星探査への関心と理解を深める上で大きな役割を果たしています。

Mastcam-Zは、その高度な機能と継続的な運用を通じて、パーサヴィアランスミッションにおける科学的発見の原動力となり、火星の過去の環境や生命の可能性、そして将来の人類による探査に向けた貴重な知見を提供し続けています。

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