N-1

N-1ロケット

ソビエト連邦がかつて、人類を月に送り込むという壮大な目標のために開発した超大型ロケットがN-1です。アメリカのアポロ計画で活躍したサターンVロケットに匹敵する規模を持ち、全長は約100メートルにも達しました。その設計上の能力は、低軌道へ最大95トンものペイロードを投入できるという非常に高いものでした。しかしながら、この野心的なプロジェクトは、度重なる技術的な課題と資金不足に直面し、実施された4回の試験打ち上げ全てが失敗に終わるという悲劇的な結末を迎えました。結局、実用化への道が開かれることなく、計画は1974年に放棄されることとなります。

開発の背景と経緯

N-1の開発構想は、ソ連が有人宇宙飛行の可能性を追求し始めた1950年代後半、具体的には1956年に遡ります。当初の目的は月に留まらず、火星への有人飛行、大型宇宙ステーションの建設、そして巨大な軍事衛星の打ち上げなど、広範な宇宙開発ニーズに対応できる万能の大型ロケットを手に入れることでした。しかし、1961年にアメリカが有人月面着陸計画、すなわちアポロ計画を発表すると、宇宙開発競争は激化の一途をたどります。これを受け、ソ連も月への有人到達を国家的な最優先目標とし、1964年にはN-1はこの目的達成のための主役として位置づけられることになりました。開発は進められましたが、必要な予算が十分に供給されなかったことが、後の計画の成功を阻む一因となります。

特徴的な技術と困難

N-1ロケットの最大の特徴は、ソ連の他の大型ロケットにも見られる「クラスター方式」を極限まで推し進めた点にあります。これは、比較的小型のロケットエンジンを多数束ねることで、巨大な推力を得る設計手法です。N-1の第1段には、なんと30基ものエンジンが搭載されていました。これら多数のエンジンを精密に制御し、協調して燃焼させることが、技術的に最大の難題となりました。現代の技術水準をもってしても、これほど多くのエンジンの同期制御は極めて困難であるとされています。

この複雑なエンジン群を管理するために、N-1ではKORDシステムという制御システムが開発されました。このシステムは、万が一エンジンの一つが停止した場合、機体のバランスを保つために中心軸を挟んで反対側のエンジンを自動的に停止させると共に、他のエンジンの燃焼時間を調整して全体の性能を維持する機能を持っていました。最大4基のエンジンが停止しても対応できる設計でした。さらに、外周に配置されたエンジンの一部は、機体のロール（横回転）を制御するために、垂直軸に対してわずかに角度をつけて取り付けられていました。これらのエンジンの出力を調整することでロール制御を試みましたが、完全に抑制することは難しく、後にステアリングエンジンを追加する改良が施されました。

多数のエンジンに加え、燃料や酸化剤を供給するための配管システムも非常に複雑となり、これが脆弱性の原因の一つとなりました。また、打ち上げ基地であるバイコヌール宇宙基地が内陸に位置するため、大型の部品を船で輸送することができず、すべてを鉄道で運び、現地で細かく分けて輸送された部品を再組み立てする必要がありました。これにより、構造がさらに複雑化し、問題の発見や解決を困難にしました。打ち上げ前には明らかにならなかった、推進剤供給系やタービンに起因する破壊的な振動、排気の流体力学的な問題による機体のロール軸の傾斜、あるいは真空キャビテーションといった様々な技術的課題が、計画の行く手を阻みました。

試験飛行の失敗と計画放棄

技術的な困難を克服するための十分な資金が確保されないまま、N-1ロケットは合計4回の試験飛行を実施しました。しかし、残念ながらその全てが失敗に終わります。いずれの飛行も、最も重要な段階である第1段の分離を達成する前に中止されました。最も長い飛行は、最後の試験打ち上げでの107秒でしたが、これも第1段の爆発により終了しました。

各試験飛行では、異なる原因で問題が発生しました。1969年2月の初飛行では、KORDシステムの制御エラーが原因で振動が生じ、液体酸素パイプが破損して火災が発生、飛行開始わずか68秒後に全エンジンが停止しました。同年7月の2回目の飛行では、金属片がターボポンプに混入したことでエンジンが停止し、さらにKORDシステムが他のエンジンも停止させた後、機体は発射台に落下し大爆発を起こしました。1971年6月の3回目の飛行では、エンジンの改良が行われたにもかかわらず、飛行中に異常なロール回転が発生し、機体が分解しました。そして1972年11月の最後の飛行では、振動による燃料ラインへの過負荷を回避するためのプログラムが作動してエンジンが停止し、一部のエンジンが爆発に至りました。これらの失敗は、複雑なシステムにおける予期せぬ問題の連鎖と、それを解決するための時間と資金が不足していた現実を浮き彫りにしました。

度重なる失敗を受けて、ソ連の有人月着陸計画（L3計画）は1974年5月に正式に中止されます。これに伴い、N-1ロケットの開発も同年8月に放棄されました。さらなる試験飛行のために準備が進められていた2機のN-1F型機体は廃棄され、その残骸は資材として利用されることとなりました。

残された遺産

計画は中止されましたが、N-1F型用に開発された高性能エンジン、NK-33は意外な運命をたどります。廃棄される予定だったこれらのエンジンの一部が、放射性廃棄物のカバーをかけられた状態で奇跡的に倉庫に残されていました。後にこれらが発見され、試運転を行った結果、長年の保管にも関わらず高性能を維持していることが判明しました。この優れたエンジンは、2005年以降、アメリカの民間ロケット開発会社によって再利用されることになります。計画は遅れましたが、2013年にはこのNK-33エンジンを第1段に使用したアンタレスロケットが打ち上げに成功し、N-1のために開発された技術が形を変えて宇宙開発に貢献する道が開かれました。

N-1ロケットは、ソ連が技術的野心の限界に挑み、そして打ち砕かれた歴史的なプロジェクトでした。しかし、その失敗の経験や、NK-33エンジンのように後に活用された技術の一部は、その後の宇宙開発に少なからぬ影響を与えたと言えるでしょう。

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