NK-33

NK-33とNK-43：ソ連の高性能ロケットエンジンとその数奇な運命

NK-33およびその高高度仕様であるNK-43は、1960年代末から1970年代初頭にかけて、ソビエト連邦において開発・製造された液体燃料ロケットエンジン群です。現在のロシア、サマーラにあるN・D・クズネツォフ記念サマーラ科学技術複合がその開発・生産を担いました。これらのエンジンは、ソ連の巨大ロケット、N-1のために設計されたNK-15/-15Vエンジンを基に改良され、改良型のN-1Fロケットでの使用を目指して開発されました。しかし、N-1計画の中止という歴史の荒波にもまれ、一度は闇に葬られかけたこれらのエンジンは、その優れた性能ゆえに奇跡的な復活を遂げ、2010年代以降、ロシアのソユーズ2.1vロケットや、アメリカのアンタレスロケット（初期型）の第一段として再び宇宙への扉を開くことになりました。

革新的な技術と思いがけない克服

NK-33エンジンの大きな特徴は、推進剤としてケロシン（RP-1）と液体酸素（LOX）を用いながら、極めて高効率な「酸素リッチな二段燃焼サイクル」を採用している点にあります。多くのロケットエンジンが燃料を多めに燃焼させる「燃料リッチ」なサイクルを採用するのに対し、NK-33は予燃焼室で酸素を多く含む高温ガスを生成し、このガスでターボポンプを駆動します。この方式は理論上、より大きな推力を引き出すことが可能ですが、高温・高酸化性のガスがエンジンの金属部品を激しく劣化・損傷させるという深刻な技術的課題を伴います。そのため、このサイクルを採用するエンジンは非常に稀です。

開発初期段階では、まさにこの高温酸化ガスによるエンジン部材の焼損が頻発しました。しかし、当時のソビエト連邦は高度な冶金技術を駆使することで、この難題を克服しました。また、NK-33のノズルは、薄い金属板をひだ状に成形し、内外二重構造をロウ付けで接合する「チャンネルウォール」構造を採用しています。これは構造が比較的単純でありながら、軽量かつ高い強度を実現しています。さらに、密度が近いケロシンと液体酸素の両方のターボポンプを、一本の軸に連結された単一のタービンで駆動するという独自の設計も、エンジンの大幅な軽量化に貢献しています。これらの技術的な工夫により、NK-33は特に真空状態での推力重量比において、地上から打ち上げられるRP-1/LOXエンジンのカテゴリーで最高水準の136.66:1という驚異的な値を達成しました。比推力に関しても、最高水準に位置づけられています。

総合的に見て、NK-33はこれまで開発されたRP-1/LOX推進剤を使用するロケットエンジンの中で、最も高性能であると評価されています。西側諸国に比べてコンピューターによる設計・解析技術が遅れていたとされる1960年代のソ連において、これほど先進的で高性能なエンジンが実用化されていたことは、当時のソ連の技術力の高さを示す特筆すべき事実と言えるでしょう。この酸素リッチ二段燃焼サイクルの技術は、後にソ連（ロシア）が開発したRD-170/-171やその派生型（RD-180、RD-191）にも引き継がれましたが、これらのエンジンは複数の燃焼室やノズルを持つ設計であるため、推力重量比においてはNKエンジンほどの高効率は実現していません。

一方、NK-43はNK-33を基にした派生型ですが、第一段ではなく、大気圧が低い高高度や真空中での使用に最適化されています。そのため、NK-33よりも膨張比の高い（長い）ノズルを備えており、これにより高高度での推力と比推力が向上しています。ノズルの大型化に伴いNK-43はNK-33よりも重量が増加していますが、それでも真空状態での推力重量比は約120:1と高い水準を維持しています。

波乱に満ちた開発と「隠された」運命

NK-33/NK-43の開発の歴史は、ソ連の有人月面着陸計画「ソユーズL3計画」の中心であった巨大ロケット、N-1の壮大な計画と不可分です。N-1ロケットは、それまでのソ連のロケットでは実現できなかった大重量のペイロードを月に送り込む能力が求められていました。N-1計画を主導した伝説的な主任設計者セルゲイ・コロリョフは、高比推力のRP-1/LOX推進剤を用いたエンジンの必要性を感じていました。しかし、ソ連の液体燃料ロケットエンジンの権威であったヴァレンティン・グルシュコは、毒性はあるものの制御が容易で実績のあるハイパーゴリック推進剤の使用を主張しました。長年の確執があったコロリョフとグルシュコの意見は対立し、決裂に至ります。やむなくコロリョフは、ロケットエンジンの経験は浅いものの航空機用ジェットエンジン開発で実績のあったニコライ・ドミトリエヴィチ・クズネツォフに協力を求め、その結果誕生したのがNK-15/-15Vエンジンでした。

N-1ロケットの第一段には、地上用であるNK-15が30基、第二段には高高度用のNK-15Vが8基という異例の多数搭載が計画されました。しかし、1969年から1972年にかけて行われた4回の打ち上げ試験は全て失敗に終わります。エンジンの信頼性や多数のエンジンを同時に制御する難しさなどが問題視され、N-1ロケットは改良・再設計されることになりました。クズネツォフ設計局はNK-15の改良に取り組み、その成果としてNK-33/-43が開発されました。これらのエンジンはNK-15から大幅に性能と信頼性を向上させていましたが、そもそも30基ものエンジンを協調制御することの技術的な困難さは依然として大きく、改良型のN-1Fロケットはついに完成を見ることはありませんでした。

アメリカとの月面着陸競争に敗れ、ソユーズL3計画は1974年に中止されます。ソ連政府は、完成間近だったN-1Fロケットと、今後の試験に備えて大量に製造されていたNK-33/-43エンジンに対して廃棄命令を下しました。しかし、1基あたり数百万ドルという高価なエンジンを文字通りゴミとして捨てることに抵抗を感じた一部の技術者たちは、これらのエンジンを放射性廃棄物と偽装し、サマーラ郊外の倉庫に密かに隠匿しました。この決断が、後にエンジンの数奇な運命を大きく左右することになります。

ソ連崩壊後の発見と現代での復活

冷戦が終結し、ソビエト連邦が崩壊すると、サマーラの倉庫に眠る高性能ロケットエンジンの噂が世界に広まります。製造から30年近くの時を経て、約150基が残存していたNK-33/-43は再び注目を集めることになりました。特にアメリカのロケットエンジンメーカーであるエアロジェット社がこれに強い関心を示しました。当初、エアロジェット社は旧ソ連時代のエンジンのスペックに懐疑的でしたが、アメリカ国内で詳細な試験を実施した結果、その先進的な設計と高い性能が、開発から数十年を経てもなお現代の商業ロケット市場において十分な競争力を持ちうることを確認しました。

エアロジェット社は、1990年代後半に約36基のNK-33エンジンを1基あたり110万ドルで買い取り、さらに新規製造の権利も取得しました。これらのエンジンはアメリカの基準に合わせて近代化改修が施され、ジンバル機構の追加、信頼性の向上、計測機器の更新、アメリカで入手可能な推進剤への適合性確認などが実施されました。改修されたエンジンはAJ26と命名され、それぞれAJ26-58、AJ26-59、そしてアンタレスロケットに使用されたAJ26-62といった型番が与えられました。

AJ26エンジンの最初の顧客候補の一つが、NASAの国際宇宙ステーション（ISS）への商業輸送サービス（COTS）を目指していたロケットプレーン・キスラー社（RpK）のK-1ロケットでした。K-1ロケットは第一段に3基のNK-33（AJ26）、第二段に1基のNK-43（AJ26）を搭載する計画でしたが、RpK社が契約マイルストーンを達成できなかったため、NASAとの合意は白紙撤回され、同社は2010年に破産しました。実現しなかったK-1計画のために準備されていたAJ26エンジンは、オービタル・サイエンシズ社（現ノースロップ・グラマン）に引き取られ、同社の開発するアンタレスロケットの第一段に2基使用されることになりました。

アンタレスロケットに搭載されたAJ26-62エンジンは、2010年に試験に成功し、2013年4月21日にアンタレスロケットの初打ち上げにおいて、40年の時を超えて宇宙へその咆哮を響かせました。しかし、2014年10月28日の5号機打ち上げ時、リフトオフ直後にエンジンが爆発し打ち上げは失敗しました。この事故を受け、アンタレスロケットは6号機以降、別のロシア製エンジンであるRD-181（RD-170系の派生型）にエンジンを変更することになります。

一方で、ロシア国内でもNK-33の再活用が進められました。ソユーズロケットの中央コアエンジン（RD-108）や、さらにブースターを含めたRD-107/RD-108構成を、より効率的で軽量なNK-33に置き換えることで、積載能力の向上とコスト削減を目指す計画が持ち上がりました。NK-33を1基使用する小型軽量化された派生型はソユーズ2.1vロケットとして実現し、2013年12月28日に無事初打ち上げに成功しました。現在もソユーズ2.1vはNK-33系のエンジンを使用しており、ソ連時代の遺産がロシアの宇宙開発を支えています。その他、RSCエネルギア社が提案するアウローラ-L.SKロケットの第一段エンジンとしてもNK-33の使用が検討されています。

かつて日本の宇宙開発事業団（NASDA）が計画していたGXロケットの初期構想でも、保管されていたNK-33をロシアから購入し利用する案がありましたが、残念ながらRpK社に先行して売買契約が結ばれてしまったため、実現には至りませんでした。

このように、NK-33/NK-43エンジンは、その卓越した技術性能を持ちながらも、壮大な宇宙開発計画の失敗と共に一度は歴史の闇に埋もれかけました。しかし、それを惜しむ技術者たちの思いと、時代を経てその価値を再認識した世界の需要により、現代の宇宙輸送の一端を担うという劇的な復活を遂げた、ロケットエンジン史における特異な存在と言えるでしょう。

もう一度検索