S・S・ヴァン・ダイン

S・S・ヴァン・ダイン (1888年10月15日 - 1939年4月11日) は、アメリカ合衆国の推理作家にして、美術評論家という顔も持つ、ミステリアスな人物でした。本名はウィラード・ハンティントン・ライト。名探偵ファイロ・ヴァンスを創造したことで知られています。

ヴァージニア州生まれの彼は、ハーバード大学卒業後、美術評論家として活躍しました。しかし、第一次世界大戦の緊張や生活上の不安から健康を害し、1923年には神経衰弱で長期療養を余儀なくされます。医者から仕事や学問を禁じられ、読書も許されませんでしたが、交渉の末、軽い小説を読むことを許されました。冒険小説や恋愛小説には興味がなく、結果的に英国ミステリーに辿り着き、2年間で2000冊もの推理小説を読み漁り、本格的な研究を始めたと自叙伝で語っています。これがミステリー作家としての出発点だとされていますが、実際は原稿が売れず、麻薬中毒に陥り、多額の借金を抱えていたため、ミステリー執筆を始めたという説もあります。

療養後、ミステリー執筆を開始し、1926年に発表した処女作『ベンスン殺人事件』はたちまち評判となりました。版元はスクリブナー社で、担当編集者はF・スコット・フィッツジェラルドやアーネスト・ヘミングウェイを担当したことで知られるマクスウェル・パーキンスでした。その後、12作の長編推理小説や数編の犯罪実話を発表。アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』を酷評するなど、評論活動も精力的に行いました。また、『世界短編傑作集』では、推理小説創作における鉄則を記した「ヴァン・ダインの二十則」を発表し、大きな影響を与えています。

彼の長編小説12作すべてに、名探偵ファイロ・ヴァンスが登場します。ヴァン・ダイン自身は面白い長編小説は作家一人につき6作が限界だろうと考えていたため、12作のうち前期6作、『グリーン家殺人事件』や『僧正殺人事件』などは高い評価を受けています。一方、後期6作の評価は芳しくありません。例えば10作目の『誘拐殺人事件』では、ヴァンスが当時流行していたハードボイルド風にして決闘や銃撃戦を繰り広げるなど、作風は変化しています。また、11作目の『グレイシー・アレン殺人事件』は、映画化を前提に実在のコメディアンを登場させた、ユーモアミステリーとなっています。そして、最終作『ウインター殺人事件』は、彼の急死により、彼の特徴である衒学的な描写がほとんどないまま未完に終わりました。

アメリカ本格ミステリーが低迷していた時代に彗星のごとく現れ、その後のミステリー界に多大な影響を与えました。エラリー・クイーンもその影響を公言しており、その功績は計り知れません。現在、アメリカでは忘れられつつあるものの、日本では根強い人気を誇り、全作品が文庫化され、版を重ねています。

彼の著作は、ファイロ・ヴァンスシリーズの長編小説の他に、短編集『ファイロ・ヴァンスの犯罪事件簿』、クラブトリー博士シリーズ、リレー長編小説『大統領のミステリ』、そして評論など多岐に渡ります。ファイロ・ヴァンスシリーズの長編小説だけでも、それぞれの作品が様々な翻訳で刊行されており、翻訳版の多さも彼の高い人気を示しています。 さらに、彼が『アメリカン・マガジン』に発表した「推理小説二十則」は、現在でも推理小説の創作に携わる者にとって重要な指針となっています。 彼の作品、そして評論は、ミステリー文学史において重要な位置を占めることは間違いありません。彼の多様な活動と、その影響は、今もなお、ミステリーファンを魅了し続けています。

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