S5.92

S5.92ロケットエンジン

S5.92は、ロシアで開発された液体燃料ロケットエンジンであり、特に現代の宇宙打ち上げにおいて広く利用されているフレガート上段ロケットの主エンジンとして知られています。その設計と性能は、特定のミッション要求に応じて進化してきました。

このエンジンは、燃料に非対称ジメチルヒドラジン（UDMH）を、酸化剤に四酸化二窒素（NTO）を使用するガス発生器サイクル方式を採用しています。推進剤を燃焼させて発生する高温高圧ガスをターボポンプの駆動に利用し、燃焼室へ推進剤を供給する方式です。

S5.92の特筆すべき点は、その推力特性にあります。軌道上での柔軟な運用を可能にするため、推力を2段階に切り替えることができます。第1段階では、点火から約3秒間、比較的大きな推力として19.61キロニュートン（約4,410ポンド力）を発揮します。この際の比推力は約327秒と高効率です。その後、第2段階へと移行し、約2.5秒間13.73キロニュートン（約3,090ポンド力）の推力で燃焼を継続します。第2段階の比推力は約316秒となります。この2段階推力能力は、軌道投入や軌道変更マヌーバにおいて、精密な速度調整を行う上で有利となります。

S5.92の設計は、ロシアの著名なロケットエンジン開発機関であるイザエフ設計局（KB KhIMMASH）によって手がけられました。元々このエンジンは、1980年代後半に進められたソ連の火星探査計画、特にフォボス1号およびフォボス2号探査機のために開発されたものです。火星軌道への投入や探査機によるマヌーバには、複数回のエンジン噴射が必須であったため、S5.92は極めて高い再着火能力を持つように設計されました。具体的には、最大50回もの点火が可能であり、さらに点火間隔が最大300日間と、軌道上で長期間にわたる運用を想定した能力を備えています。

残念ながら、フォボス計画自体は探査機の不具合により当初の目的を完全には達成できませんでした。しかし、この計画のために開発されたS5.92エンジンや、それを統合する宇宙機バスの技術は無駄にはなりませんでした。宇宙機製造会社のラヴォーツィキン社（NPO Lavochkin）は、フォボス探査機で培われたこれらの基礎技術を応用し、高性能な軌道間移動ステージおよび上段ロケットとしてフレガートを開発しました。

フレガート上段は、その登場以来、ロシアの主力打ち上げロケットであるソユーズシリーズや、かつて使用されたゼニットシリーズの最上部に搭載されるようになりました。S5.92エンジンを搭載したフレガートは、ペイロードを最終的な軌道（地球低軌道から静止軌道、惑星間軌道まで）へ正確に投入する役割を担っています。

このように、S5.92エンジンは、元々の火星探査という壮大な目標のために開発された特殊な能力（多回点火、長期間待機）を活かし、現在の科学ミッション、商業衛星打ち上げ、さらには軍事ミッションに至るまで、幅広い宇宙活動において不可欠な存在となっています。その信頼性と柔軟性により、多くの人工衛星や探査機が所定の軌道に到達することを可能にしています。

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