Tu-160 (航空機)

Tu-160（トゥー・ストー・シヂスャート）

Tu-160は、旧ソビエト連邦でツポレフ設計局によって開発された、可変翼を備えた超音速戦略爆撃機です。ロシア語で「白い白鳥」を意味する「ベールイ・レーベチ」という非公式の愛称で親しまれています。一方、北大西洋条約機構（NATO）は、この機体を「ブラックジャック」というコードネームで呼称しました。その洗練された機体形状から、アメリカ空軍のB-1ランサーに対抗して開発されたと考えられています。

概要

本機の開発計画は「航空機70」という名称でスタートしました。試作1号機は1981年12月に初飛行に成功し、翌年2月の試験飛行では音速を突破しています。1987年5月には、最初の実戦部隊である第184親衛重爆撃機連隊に配備され、本格的な運用が始まりました。この機体が西側諸国に初めて存在を認識されたのは、1981年11月に偵察衛星によってラメンスコイエ航空試験センターで撮影された写真からでした。写真にはTu-144超音速旅客機が写り込んでおり、比較からTu-160がアメリカのB-1よりも大型であることが判明しました。その後、Tu-160の正式名称が明らかになり、NATOによって「ブラックジャック」というコードネームが与えられました。

開発の経緯

1964年10月にニキータ・フルシチョフがソビエト共産党書記長を退任した後、軍事戦略の重心を宇宙技術や戦略ミサイルに偏重していた方針が見直されました。新たな政治指導部は、陳腐化しつつあった既存の戦略爆撃機部隊の近代化に着手します。その結果、1967年11月のソビエト閣僚会議の決定に基づき、3MやTu-95、Tu-16といった旧式機に取って代わる新世代の戦略大陸間航空機（SMS）の開発競争が、複数の設計局によって開始されました。この動きは、1950年代後半の米国のXB-70「ヴァルキリー」計画や、それに続く先進型有人戦略航空機計画（ASMA）に影響を受けた可能性が指摘されています。

開発競争には当初スホーイとミャシーシチェフが参加し、開発中のTu-22Mの初飛行を1969年に終えたツポレフは1970年から加わりました。ソ連空軍が提示した技術要件は非常に野心的でした。

高度18,000m以上での超音速巡航（3,200～3,500km/h）または低高度での亜音速飛行で11,000～13,000kmの航続距離
高度10,000mでの遷音速巡航（800～900km/h）で16,000～18,000kmの航続距離
敵防空網を突破するための、高高度での超音速飛行または地表付近での亜音速飛行能力
最大45,000kgの兵装積載能力
未舗装の滑走路からの離陸能力

これは、敵の防空システムを回避または突破するために、高速での高高度侵入や低空侵攻が可能であり、脅威がない状況では航続距離を最大限に伸ばす経済的な巡航もこなせる、極めて多用途で高搭載能力を持つ機体を要求していることを意味しました。このような複雑な要求を満たすためには、高度な技術と革新的な設計手法が不可欠でした。特に、異なる速度域での最適な飛行特性と航続距離のバランスを取ることが大きな課題となりました。

1960年代から70年代にかけて、このような柔軟な飛行プロファイルを実現する上で有力な解決策とされたのが可変後退翼の採用でした。様々な設計案が比較検討された結果、可変翼は低アスペクト比のデルタ翼機に比べて優れた空力効率と離陸特性を持つことが確認されました。可変翼機構の重量増という欠点はありましたが、それ以上に翼面荷重の増加によるメリット（同じ推力重量比での離陸性能向上など）が大きく、可変翼の採用が決定されました。

最大巡航速度も重要な検討項目でした。マッハ2.2での巡航は、マッハ3.0に比べて大幅な航続距離の増加をもたらし、さらに機体構造にチタンや高温合金ではなく軽量なアルミニウム合金を主に使用することを可能にするため、コスト削減にも繋がりました。ツポレフとミャシーシチェフは最終的に最大速度をマッハ2.2～2.7程度に設定しましたが、スホーイは当初の高速度要件（マッハ3級）を追求し続けました。

開発競争の末期には、ミャシーシチェフ設計局のM-18案が技術要件を最もよく満たしていると評価されました。しかし、ミャシーシチェフにはこれほど大規模な戦略爆撃機を試験・量産するための十分な設備や生産基盤がないと判断され、次世代戦略爆撃機の開発プロジェクトは最終的にツポレフ設計局に移管されることとなりました。

ツポレフは当初、可変翼を持たない設計（Tu-144ベースの160M計画）を進めていましたが、開発移管を受けて可変翼機の設計を開始します。設計過程ではミャシーシチェフのM-18案も参考にされましたが、ツポレフはTu-22Mで培った可変翼技術を基礎としました。エンジンの配置や胴体形状なども様々な試験を経て改良され、最終的にはミャシーシチェフ案に類似した、胴体下部にエンジンを配置し、機首から主翼にかけて滑らかに一体化したブレンデッドウィングボディ形状に落ち着きました。搭載エンジンも開発が進められ、航続距離の要件を満たすために燃費効率が改善されたクズネツォフNK-32エンジンが開発・採用されました。可変翼機構を含む機体構造には、国家プログラムによって開発された新しい冶金技術や真空溶接技術が用いられました。

武装についても検討が進められましたが、アメリカの巡航ミサイルALCMに対抗するため、当初予定されていたKh-45巡航ミサイルはキャンセルされ、より長射程のKh-55巡航ミサイルが搭載兵装として選ばれました。これらの技術的課題の解決と、関係各機関との調整を経て、1974年と1975年のソビエト閣僚会議決議により、Tu-160の生産命令が正式に下されました。

機体構造と特徴

Tu-160の機体は、胴体と主翼が滑らかに繋がるブレンデッドウィングボディ構造を採用しています。最大の技術的特徴は可変後退翼であり、主翼の後退角を20度（離着陸用）、35度、65度（高速飛行用）の3段階に調整可能です。翼面にはスラット、フラップ、スポイラーといった多様な高揚力装置を備えています。垂直尾翼と水平尾翼は全遊動式で、飛行中に最適な角度に自動調整されます。

エンジンは、B-1と同様に逆V字型の空気取り入れ口を持つポッドに2基ずつ収められ、計4基が胴体の左右に配置されています。採用されたクズネツォフNK-32アフターバーナー付きターボファンエンジンは、非常に強力な推力を発揮します。降着装置は3脚式で、主脚は6輪ボギー、前脚は2重タイヤです。

機首には地形追随機能を備えたオブソール-Kレーダーを搭載しており、これによって地表から一定の高度を保ったままの超低空高速飛行が可能となっています。コックピットには4名の乗員（パイロット、コパイロット、システム操作員2名）が搭乗します。初期型はアナログ計器が中心でしたが、近代化改修型ではグラスコックピット化が進んでいます。操縦は大型機では珍しい操縦桿式です。乗員は緊急時にはK-36D射出座席によってコックピット天井を吹き飛ばして脱出します。

兵装類は機体中央の内部兵器倉にのみ搭載され、外部パイロンはありません。兵器倉は縦に2分割されており、合計で最大40,000kgの兵装を搭載可能です。通常、Kh-55やKh-101/Kh-102といった巡航ミサイルを回転式ランチャーに最大12発、またはKh-15短距離攻撃ミサイルを最大24発搭載します。

本機とB-1ランサーの設計には多くの類似点が見られますが、Tu-160はより大型で、最大離陸重量、エンジン出力、最高速度、航続距離、最大搭載量のいずれにおいてもB-1Bを凌駕しています。ただし、ステルス性に関してはB-1の方が優れているとされています。設計の類似性について、アメリカは模倣だと批判しましたが、ソ連側は「同じコンセプトを追求した結果」だと反論しました。

生産と運用

Tu-160の生産は、モスクワの工場で製造された3機の原型機に続き、カザン航空機製造合同（KAPO）で量産機が製造されました。量産初号機は1984年に初飛行し、1987年から部隊配備が開始されました。しかし、ソビエト連邦の崩壊により生産は中断され、原型機を含めて合計35機が製造されるにとどまりました。ソ連崩壊後、ロシア国外に配備されていた機体はそれぞれの旧ソ連構成国に引き渡されましたが、特にウクライナが保有した19機は複雑な構造のため運用が困難となり、多くが解体されました。ロシアはウクライナから8機を買い戻しています。

ロシア航空宇宙軍は、Tu-160を主力戦略爆撃機として継続運用しています。長距離訓練飛行（パトロール飛行）を定期的に実施しており、2008年には南米ベネズエラへの長距離展開を行いました。2015年にはシリア内戦において、ISILに対する巡航ミサイル攻撃で初めて実戦投入されました。さらに2022年からのウクライナ侵攻においても、本機から発射された巡航ミサイルがウクライナ領内で使用されたことが確認されています。

ロシアは2015年頃からTu-160の再生産と既存機の近代化を進めており、Tu-160M/M2として知られる改修型や新造機が登場しています。これらの機体はアビオニクスの改良、新型エンジンの搭載、グラスコックピット化など、大幅な近代化が図られています。現在、運用されている機体はロシア航空宇宙軍の遠距離航空コマンド隷下に配備されており、それぞれの機体には歴史上の人物や功労者の名前が冠されています。

派生型

Tu-160: 標準生産型
Tu-160M: アビオニクスや兵装運用能力を向上させた近代化改修型（段階的な改修）
Tu-160M2: 最新の電子機器とエンジンを搭載した近代化改修型および新造機。大幅な能力向上を実現。
Tu-160V: 液体水素燃料化計画機（計画のみ）
Tu-160 SK: 衛星打ち上げロケット「ブルラク」の母機計画（計画のみ）
その他、長距離護衛戦闘機型（Tu-160P）、電子戦型（Tu-160PP）、戦略偵察型（Tu-160R）、NK-74エンジン搭載型などが提案されましたがいずれも計画に留まっています。

スペック（Tu-160標準型）

乗員: 4名
全長: 54.1m
翼幅: 55.7m（後退角20度時）、35.6m（後退角65度時）
全高: 13.1m
最大離陸重量: 275,000 kg
兵器搭載量: 40,000 kg
燃料搭載量: 170,000 kg
エンジン: クズネツォフ NK-32 アフターバーナー付きターボファンエンジン ×4基
推力: 137.3 kN（ミリタリー）, 245 kN（アフターバーナー）
最高速度: 高度12,200mでマッハ2.05（約2,220 km/h）
航続距離: 10,500～14,000 km
上昇限度: 15,006 m
主要搭載兵装: Kh-55, Kh-15, Kh-101/Kh-102巡航ミサイル、各種航空爆弾

登場作品

Tu-160は、その特徴的な姿と戦略的な役割から、様々なフィクション作品に登場しています。

映画: 『ステルスX』、『ロシア特殊部隊 スペツナズ』、『雲のむこう、約束の場所』
アニメ・漫画: 『RAID ON TOKYO』、『最終兵器彼女』
小説: 『北方領土奪還作戦』
ゲーム: 『HAWX2』、『Modern Warships』、『エースコンバットシリーズ』（04, アサルト・ホライゾン, ∞, 7）、『エナジーエアフォース』、『グランド・セフト・オートV』（RO-86 Alkonostとして登場）

ソ連時代に生まれ、冷戦終結後もロシアの戦略航空戦力の中核を担い続けるTu-160は、技術的な挑戦と政治的な背景が複雑に絡み合った、現代航空史における重要な機体の一つと言えるでしょう。

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