YF-75D

YF-75D

YF-75Dは、中国が開発した先進的な液体燃料ロケットエンジンであり、特に極低温推進剤である液体水素（LH2）と液体酸素（LOX）を推進剤として用います。これは、中国が独自に開発してきた極低温上段用ロケットエンジンの系統に属し、先行モデルであるYF-73およびYF-75に続く第3世代にあたる重要なエンジンです。

このエンジンは、中国の大型運搬ロケットである長征5号（Long March 5）の第2段（通称：H5-2）に搭載されることを主眼に設計されました。長征5号の第2段には、このYF-75Dエンジンが2基装備されています。各エンジンは独立したジンバル機構を備えており、飛行中にそれぞれの推力方向を個別に制御することで、ロケット全体の姿勢制御や軌道投入精度を高めることが可能となっています。

YF-75Dは、燃焼サイクルとして閉サイクルのエキスパンダーサイクル方式を採用しています。この方式では、燃焼器やノズルスカートを流れる極低温の推進剤（主に水素）が、それらの壁面からの熱を吸収してガス化・膨張し、そのエネルギーでタービンを駆動します。タービンは燃料ポンプや酸化剤ポンプを回転させ、高圧化した推進剤を燃焼室に供給するという仕組みです。これにより、従来のガスジェネレーターサイクルで捨てていたタービン駆動ガスを再利用するため、理論的には推進剤の利用効率（比推力）を高めることができます。しかし、エキスパンダーサイクルは、タービン駆動に必要な熱エネルギーが燃焼器やノズルからの熱伝達量に依存するため、比較的小～中型の推力のエンジンに適しているとされています。

YF-75Dは、先代のYF-75エンジンと比較して、いくつかの重要な改良が施されています。YF-75は、最適な推進剤消費のために混合比を調整する機能を持っていましたが、YF-75Dではそれに加えて、宇宙空間での複数回再始動能力が付加されました。これは、多様なミッションプロファイル、例えば複数衛星の軌道投入や、より複雑な軌道変更などに柔軟に対応するために不可欠な機能です。

エキスパンダーサイクル方式の採用と、高い性能要求を満たすため、YF-75Dではエンジン各部の設計が見直されています。特に、タービンを駆動するための熱を効率的に得るため、燃焼器は延長され、冷却流路の設計も再最適化されました。これにより、推進剤の冷却能力と、それを介したタービンへのエネルギー供給のバランスが慎重に調整されています。

タービン自体にも改良が加えられています。YF-75Dは、水素を媒体として駆動するタービンを採用しており、具体的な構造としては2段式の軸流式低圧亜音速タービンが使用されています。このタービンは、特定の共振領域（第2次危険速度と第3次危険速度の間）を避けるよう、65,000 rpmという高速で運転されます。タービンの回転軸を支持する軸受にはセラミックボールベアリングが用いられており、その周囲には振動や衝撃を吸収・緩和するための2個の樹脂製支持体が配置されています。これらの技術的な工夫により、高速回転するタービンの信頼性と安定した運転が確保されています。

YF-75Dの開発と実用化は、中国の宇宙開発能力、特に大型ペイロード打ち上げ能力と高軌道投入能力の向上に大きく貢献しています。第3世代エンジンとしてのこのエンジンの成功は、将来のより高性能なロケットエンジン開発に向けた重要なステップとなります。

（出典：中国運載火箭技術研究院の公開情報などに基づく）

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