あばばばば

芥川龍之介の短編小説『あばばばば』は、作者自身の体験を基にした私小説であり、いわゆる「保吉もの」に分類される作品の一つです。1923年（大正12年）12月号の『中央公論』に初掲載されました。

物語は、主人公の保吉が行きつけのたばこ屋を訪れたことから始まります。そこで彼は、以前にはいなかった若い女性店員と出会います。保吉は、この女性店員をからかうような態度を取ります。女性店員は、保吉の言動に顔を赤らめ、恥ずかしさでいっぱいになります。

それから数年後、保吉は再びそのたばこ屋を訪れます。すると、以前の女性店員は結婚しており、背中に子供を背負ってあやしている姿が目に飛び込んできます。女性店員は「あばばばば」と子供をあやし、その様子を保吉に見られても、以前のような気恥ずかしさは全くありません。むしろ、堂々とした様子で子供をあやし続けます。

この女性の変化を目の当たりにした保吉は、複雑な感情を抱きます。かつては気恥ずかしさと気品を兼ね備えていた女性が、今では母親としての自信に満ち溢れていることに驚きを感じます。同時に、過去の女性の気品と美しさ、そして今のたくましい姿の両方に、懐かしさと感銘を受けるのです。

『あばばばば』は、短いながらも奥深い作品です。単なる出来事の描写にとどまらず、女性の成長、そして時間の流れの中で変化していく人間模様を繊細に描き出しています。保吉の視点を通して描かれる女性の変化は、読者に様々な感情を呼び起こし、考えさせられる余地を残します。

この作品は、一見すると些細な出来事を描いたように見えますが、そこに潜む人間の深層心理、そして時代の空気感を見事に捉えています。短く、簡潔な文章の中に、多くの意味が込められている点が、芥川龍之介の作家としての力量を感じさせる一編と言えるでしょう。

また、この作品は、大正時代の社会風俗や人々の生活様式を垣間見ることができる貴重な資料でもあります。たばこ屋という身近な場所を舞台に、当時の庶民の生活や人間関係の一端を垣間見ることができ、歴史的背景を理解する上でも興味深い作品です。

『あばばばば』は、一見すると単純な物語のように思えますが、読み進めるうちに、その奥深さ、そして人間の複雑な感情に気づかされます。短いながらも、多くの示唆に富んだ芥川龍之介の隠れた名作として、多くの人に読まれるべき作品です。青空文庫などでも読むことができますので、ぜひ一度手に取ってみてください。

もう一度検索