マツヤ

マツヤ（サンスクリット: मत्स्य, Matsya）は、インド神話において世界の維持を司る最高神の一柱、ヴィシュヌ神の数ある化身（アヴァターラ）の中で、最初に地上に姿を現したとされる存在です。その名はサンスクリット語で「魚」を意味しており、文字通り魚の姿で描かれます。ヴィシュヌ神の慈悲と世界の危機からの救済を示す重要な象徴とされています。

マツヤに関する最も有名な伝説は、大規模な大洪水から人類と世界の生命を救った物語です。この物語は、太陽神スーリヤの子であり、人類の祖先とされるヴァイヴァスヴァタ・マヌ王を主人公として展開されます。ある時、マヌ王が川で祖先の霊に水を捧げる儀式を行っていると、彼の手に小さな魚が飛び込んできました。その魚は金色に輝き、額には角が生えていました。魚はマヌ王に、大きな魚に食べられないよう自分を守ってほしいと懇願しました。

マヌ王はその願いを聞き入れ、魚を小さな瓶に入れて育て始めました。しかし、その魚は驚くべき速さで成長し、すぐに瓶では手狭になってしまいました。そこでマヌ王は魚をより大きな池に移しましたが、ここでも魚は瞬く間に大きくなり、入りきらなくなります。次いで川へ、そして最終的には海へと移されましたが、その巨体は海すらも満たしてしまうほどになりました。この異常な成長を目の当たりにしたマヌ王は、この巨大な魚がただの生き物ではないこと、すなわちヴィシュヌ神の化身であることに気づいたと言われています。

巨大化したマツヤはマヌ王に語りかけ、今から七日後に世界全体を飲み込む恐るべき大洪水が起こることを予言しました。そして、その洪水から逃れるための方法を指示しました。マツヤはマヌ王に、巨大で頑丈な船を用意し、その船に彼自身、七人の偉大な賢者（サプタ・リシ）、そして地球上のあらゆる種類の動植物の種子を乗せるよう命じました。マヌ王はマツヤの言葉に従い、準備を整えました。

やがて予言された通り、天から激しい雨が降り注ぎ、海は荒れ狂い、世界はたちまち洪水に覆われました。マヌ王たちが乗った船は激流の中を漂流し始めましたが、その時、巨大なマツヤが再び姿を現しました。マツヤは船に近づき、宇宙蛇であるヴァースキを綱として船の舳先に結びつけました。そして、その強大な力で船を牽引し、高まる水位にも屈することなく、遥かヒマラヤの最高峰へと導きました。

洪水が引き、世界に再び平穏が訪れると、マツヤはマヌ王たちを安全な場所へと下ろしました。こうしてマヌ王は、洪水によって全ての生命が失われた世界で生き残った唯一の人類となり、七賢者と共に地上に新たな生命を再び繁栄させるための礎を築きました。彼は新たな人類の祖先となり、世界は再生されました。マツヤの物語は、世界の終末とその後の再生、そして神の力による救済というテーマを象徴的に描いており、ヒンドゥー教の宇宙論における重要な位置を占めています。インド各地の寺院では、マツヤの姿を模した彫像などが祀られており、例えばカルナタカ州にあるソムナートプールのケーシャヴァ寺院には、美しいマツヤ神の像が残されています。

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