みな子

みな子：吉原の文化を体現した最後の芸妓

みな子（本名：長尾みつ）は、1919年（大正8年）11月20日に生まれ、2010年（平成22年）5月31日に90歳で亡くなった、日本の芸妓です。昭和初期から平成期まで、約80年もの長きにわたり芸妓として活躍し、その生涯を吉原の文化と芸の継承に捧げました。彼女は「最後の吉原芸者」として知られ、その名は吉原の歴史と深く結びついています。

少女期から芸妓の道へ

北海道當別村（現在の当別町）で、6人兄弟の長女として生まれたみな子は、7歳の時に父の事業のために家族で上京します。しかし、事業は失敗し、一家は貧困に陥ります。その後、浅草に引っ越した際に、近所の置屋の経営者の妹に誘われ、1930年（昭和5年）に年季奉公に出され、芸妓の道へ進むことになりました。

父親は娘の身を案じ、吉原の貸座敷を訪ね歩き、芸妓が体を売ることはないのかを確認しました。当時の吉原は隆盛を極めており、芸妓になることは名誉なことでした。しかし、新橋や赤坂など他の花街とは異なり、吉原では芸を売ることが本分であり、そのための稽古は非常に厳しいものでした。みな子は昼間は稽古に励み、夜は夜学に通うという、厳しい日々を送りました。

座敷での活躍

1931年（昭和6年）、12歳で半玉（芸妓の見習い）として座敷に上がり始めました。毎日、午後2時から翌朝の2時まで待機し、翌日また呼んでもらえるように、茶屋に挨拶をする日々を送りました。幼いながらも芸の上達は早く、16歳になる頃には下の者に稽古をつけるほどでした。彼女は芸事を苦とせず、その才能をいかんなく発揮し、芸に生きることを選びました。

16歳で一本立ちしたみな子は、多くの客に愛され、19歳頃には作家の西条八十も常連客の一人でした。20歳になる頃には「吉原芸者四人衆」の一人に数えられ、1日に20以上の座敷を抱えるほどでした。最盛期には、1日に12～13軒もの座敷を掛け持ちすることも珍しくありませんでした。吉原の芸者は、あくまで花魁を引き立てる存在であり、化粧は地味で、かつらは着けず地毛を結うのが特徴でした。

戦中・戦後の苦難と復帰

第二次世界大戦中、「贅沢は敵」というスローガンの下、芸妓の活動は制限され、みな子は勤労奉仕隊として働きました。吉原は空襲で焼け野原となり、多くの人々が命を落とす中、みな子は辛うじて生き残りました。その後、北海道に疎開しましたが、芸妓への情熱を捨てきれず、吉原に戻る決意をします。戦後の吉原は大きく変わり、かつての賑わいは失われていましたが、みな子は芸の道を再び歩み始めます。

戦後、吉原に戻ったみな子は、12人しか残らなかった芸妓の中で唯一芸ができたため、必然的に師匠となり、後進の指導にあたりました。吉原を離れた芸妓たちもいましたが、みな子は他の土地で働く気にはなれませんでした。その後、慰問団として活動したこともあります。

吉原の変遷と文化継承への尽力

売春防止法の施行により、1958年（昭和33年）に吉原は消滅しましたが、みな子は浅草などで芸を続け、その芸に惚れた客に呼ばれ、各地の座敷で吉原の芸を披露しました。

1961年（昭和36年）には、観光客向けのショーで女子中学生に芸を教えることになり、吉原が再び輝きを取り戻すことを願い、ショーに没頭しました。ショーは人気となり、国内外の観光客から評判を得て、1998年（平成10年）まで続きました。しかし、1990年頃には「日本一のソープランド街」に変貌した吉原に失望し、足を踏み入れることすら拒むようになりました。

遊びの多様化や女性の社会進出により花柳界が衰退する中でも、みな子は現役の芸妓として活動を続けました。1996年（平成8年）には座敷の回数が激減しましたが、それでも後進の指導にあたりました。晩年になり、自身の証言をまとめた自伝『華より花』を出版しました。

また、2005年（平成17年）には、女性の木遣りを伝える目的で結成された「大江戸小粋組」の稽古役を務めました。同年、日本文学研究者の安原眞琴との出会いをきっかけに、吉原の歴史を保存するための映像化に取り組み、2010年まで取材を続けました。吉原の伝統文化を後世に伝えるための活動は、晩年まで続きました。

晩年と死

90歳を過ぎても週に3度は座敷に上がり、後進の育成にも尽力しました。しかし、2009年（平成21年）秋頃から体調を崩し、2010年（平成22年）5月31日にがん性腹膜炎のため、90歳でその生涯を閉じました。

葬儀には、花柳界の関係者や文化人など、多彩な人々が参列しました。出棺の際には、弟子たちが「女木遣」を歌い、賑やかな演奏で見送られました。また、霊柩車は浅草見番や仲之町、大門などを巡り、彼女の生涯を飾りました。

没後の評価と映画

みな子の没後、彼女の生涯を記録したドキュメンタリー映画『最後の吉原芸者四代目みな子姐さん』が公開され、大きな反響を呼びました。映画では、みな子の生涯や芸者としての経歴、吉原の歴史が紹介され、彼女が磨き上げてきた芸が収められています。映画は、吉原の独自の文化や風習を後世に伝え、江戸文化に触れる機会を提供しました。

みな子は、さばさばとした性格で、男のような気性であったと語られています。酒好きで、最も幸福な時は芸をしている時ではなく「呑んでいる時」だったそうです。私生活では結婚を考えなかったものの、28歳の時に贔屓の客との間に子供をもうけました。その後、別の男性と同棲しましたが、死別しました。晩年には、孫や曾孫たちにも恵まれました。

みな子の死後、その芸を慕う多くの人々が、彼女の死を悼みました。彼女は、まさに「生き字引」であり、吉原の伝統と文化を伝える重要な人物として、多くの人々に記憶されています。

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