アーキバス

アーキバス：近世戦争を塗り替えた初期の銃器

アーキバスは、15世紀ヨーロッパで登場した長銃身の小銃です。その名は、銃身を安定させるための留め金（火挟）がついた手銃を指していましたが、15世紀から17世紀にかけては様々な小火器の総称としても用いられました。日本における火縄銃は、アーキバスの中でも主要な種類の一つです。

アーキバスの語源はドイツ語の「Hakenbüchse（フック銃）」で、1400年代前半には城壁上に設置された防衛火器でした。15世紀後半に銃床、火皿、マッチロック機構が加えられ、トリガー付きで携帯可能な最初の火器へと進化を遂げました。

多様な名称と定義

アーキバスは、地域や時代によって「harquebus」「harkbus」「hackbut」「hagbut」「archibugio」「haakbus」「schiopo」「sclopus」「tüfenk」「tofak」「matchlock」「firelock」など、数多くの呼び名を持っていました。16世紀初頭は曖昧な呼称でしたが、後半には大きさによって「カリヴァ」「アーキバス」「マスケット」と分類されるようになりました。特に大陸ヨーロッパでは、手持ち可能なものをアーキバス、両手持ちのものをマスケットと明確に区別していました。しかし、甲冑の衰退と共にマスケット銃は廃れ、1800年代には肩に担ぐ火器全般を指すようになりました。結果的に「アーキバス」と「マスケット」は同じ銃を指す場合も多く、「アーキバス・マスケット」と呼ばれることもありました。

マッチロック機構と発射手順

1411年以前のタッチホール式手砲は片手で構え、反対の手で点火していましたが、1475年頃には火縄とロック機構によるマッチロック式が登場しました。トリガーを引くと火縄が火皿を叩き、火薬に点火して弾が発射されます。初期の機構はクロスボウに似ていましたが、16世紀後半にはより短い形状へと改良され、日本の火縄銃にも見られます。フランスでは17世紀まで蛇型マッチロック機構が用いられました。

マッチロック式は正確な照準を可能にしましたが、発射手順は複雑でした。暴発防止のため火縄をロックから外す必要があり、消炎対策として両端に点火することもありました。オランダでは28手順、中国では11段階もの手順書が作成されています。装填には通常1分、最短でも20秒を要したとされています。

一斉射撃戦術の確立と軍事革命

オスマン帝国、中国、日本において一斉射撃戦術が確立されると、アーキバスの軍事効果は飛躍的に向上しました。兵士は機械的な動作を求められるようになり、大砲と同様に順番に発砲・装填する一斉射撃戦術が用いられるようになりました。この戦術は、1526年のモハーチの戦い（オスマン帝国）、16世紀中盤の明、戦国時代の日本で開発されました。戚継光は『紀効新書』でその戦術を詳細に記しています。ヨーロッパでは、ウィレム・ローデウェイクが反転行進射撃を理論化し、1599年のオラニエ公マウリッツの軍制改革で実践されました。これにより、アーキバスは支援兵器から戦争の中心へと躍進しました。ホイールロック式、スナップハンス式、フリントロック式などの新しい点火方式も開発されましたが、アーキバスという名称はマッチロック式に限定されるようになりました。

歴史：起源から普及まで

初期のアーキバスはヨーロッパで1411年、オスマン帝国で1425年に現れ、ハンドカノンにマッチロック機構を取り付けたものと考えられています。最古のアーキバス部隊は、オスマン帝国のイェニチェリに1394年から1465年まで存在しましたが、大砲を使用していた可能性もあります。ヨーロッパでは1470年頃に銃床が導入され、1475年頃にマッチロック機構が完成したとされています。

ヨーロッパでの初期の使用例は1472年のサモラ（スペイン・ポルトガル）、1476年のカスティーリャ、イングランド王室親衛隊などです。フランスでの配備は1520年と遅れました。ハンガリー王マーチャーシュ1世は黒軍にアーキバス兵を多く配属しましたが、彼は盾を好んだとされています。アーキバスの有用性は1503年のチェリニョーラの戦いで証明されました。ロシアでは1500年代初期にピシチャルが登場し、ピシチャリニキと呼ばれるアーキバス兵が重要な役割を果たしました。16世紀前半のイタリア戦争でも広く用いられました。

アジアでは、オスマン帝国が15世紀前半からアーキバスを使用し始め、ボヘミアのフス派のウォーワゴン戦術も取り入れました。マムルーク朝は当初消極的でしたが、16世紀中には広く普及しました。アーキバスはインド、東南アジア、中国にも伝わり、中国では倭寇討伐に投入されました。明の戚継光はアーキバスの有効的な運用方法を研究し、その成果を『紀効新書』に記しています。

日本には1543年にポルトガル人によって種子島に伝えられ、「種子島」「鉄砲」「火縄銃」などと呼ばれ、戦国時代には大量生産・使用されました。織田信長の長篠の戦いでの一斉射撃は、近年では疑問視されていますが、文禄・慶長の役ではその戦術が記録されています。

ヨーロッパでの運用と他の武器との連携

オラニエ公マウリッツはネーデルラント軍の軍制改革でアーキバスの反転行進射撃を実践し、ニーウポールトの戦いで勝利を収めました。1550年代頃から「アーキバス」は「マスケット」に取って代わられ、マッチロック式を指すようになりました。アーキバスは他の武器と連携して運用されました。戚継光はアーキバス隊の後方に伝統的な武器の兵を配置し、イングランドのパイク隊とアーキバス隊の連携と類似しています。ヴェネツィアは弓兵との連携、オスマン帝国は砲兵やウォーワゴンとの連携を行いました。

弓矢との比較

アーキバスは弓矢よりも射程が長く、貫通力も優れていました。しかし、正確性や装填速度、天候への依存性、危険性、騒音などの面では弓矢に劣っていました。弓矢の訓練は長期間を要しますが、アーキバスは短期間で習熟でき、大量生産も可能でした。これらの利点が、軍事革命と弓矢の衰退を招きました。

結論

アーキバスは近世戦争の様相を大きく変えた画期的な武器でした。その技術的進歩と戦術的運用は、後の小火器の発展と軍事史に大きな影響を与えました。弓矢に代わる新たな兵器として、世界中に広がり、様々な文化の中で独自の発展を遂げました。それぞれの地域の特性や技術水準によって、アーキバスは多様な形や名称で用いられ、その歴史は、技術革新と軍事戦略の進化を物語る重要な事例となっています。

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