カロプス

ギリシア神話には、「カロプス」（古希: Χάροψ, Charops）という名前を持つ複数の存在が記録されています。

トラーキアの王カロプス

最も著名なのは、トラーキア地方の王として語られるカロプスです。彼は後に神秘的な音楽家として名高いオルペウスの祖父にあたり、その息子オイアグロスがオルペウスの父となります。

このカロプス王の名前は、特に酒と豊穣の神ディオニューソスにまつわる伝承に深く関わっています。

神ディオニューソスが各地を巡る遠征の途中、小アジアからトラーキアへ渡ろうとした際、彼はまず当時のトラーキア王リュクールゴスと友好的な関係を築き、自らの信者たちを対岸へ渡らせました。しかし、リュクールゴス王は表向きの友好とは裏腹に、夜陰に乗じてディオニューソスとその一行を滅ぼそうと企てていました。この悪意ある計画を、地元の人物であったカロプスが察知し、ディオニューソスに知らせたのです。カロプスからの予期せぬ情報に驚いたディオニューソスは、すぐにまだ主力が残っていた小アジア側へ船で引き返しました。

態勢を立て直したディオニューソスは、改めて自らの主力軍と共にトラーキアへ渡り、リュクールゴス王の軍勢と激しい戦いを繰り広げ、最終的に勝利を収めました。しかし、先にトラーキアへ渡っていた彼の信者たちは、リュクールゴスの夜襲によって既に滅ぼされていました。この悲劇に対する報復として、ディオニューソスはリュクールゴスを捕らえ、あらゆる種類の拷問で苦しめた末に、磔にして処刑したと伝えられています。

ディオニューソスは、自らの命を救う手助けをしたカロプスに深く感謝しました。その報いとして、ディオニューソスはカロプスにトラーキアの支配権を認め、さらに自身にまつわる秘儀（密儀）の祭式を伝授しました。この重要な秘儀は、カロプスから息子であるオイアグロスへと受け継がれ、そして孫であるオルペウスへと継承されたとされています。この伝承は、オルペウスが持つ神秘的な力や、彼が創始したとされる秘教（オルペウス教）の起源に関わる重要なエピソードとなっています。

その他のカロプス

上記以外にも、神話や叙事詩の中には「カロプス」という名で呼ばれる存在がいくつか登場します。

シメー島の王: 別の伝承では、ロードス島沖にあるシメー島の王としてカロプスが語られています。彼はニュムペーのアグライエーとの間に、トロイア戦争にギリシア側で参加した英雄ニーレウスをもうけたとされています。
ヒッパソスの子: ホメロスの叙事詩『イリアス』には、トロイア方の戦士としてヒッパソスの息子カロプスが登場します。彼は兄弟であるソーコスと共に戦いますが、物語の主要な英雄の一人であるオデュッセウスによって討ち取られました。
アクタイオーンの猟犬: 狩猟の女神アルテミスの怒りに触れて鹿に変えられ、自身の猟犬たちに食い殺されてしまった悲劇の英雄アクタイオーン。彼の多数の猟犬の中の一頭に、カロプスという名の犬が数えられています。
オイアの夫: アッティカ地方の伝説に登場する人物で、英雄ケパロスの娘であるオイアの夫とされるカロプスも存在します。
* ヘーラクレースの形容詞: 伝承によっては、大英雄ヘーラクレースを形容する言葉、あるいは修飾辞として「カロプス」が用いられる例も見られます。これはヘーラクレースの特定の側面、例えば鋭い眼差しや獰猛さを表現している可能性があります。

このように、「カロプス」という名前は、一人の特定の人物だけではなく、ギリシア神話の様々な場面に異なる立場で現れる複数の存在や表現を指す言葉となっています。

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