シノーン

シノーン

シノーン（古希: Σίνων, Sinōn）は、古代ギリシア神話に登場するアカイア軍（ギリシア軍）の一員です。彼の出自については、アエシモスの息子であり、その父アエシモスがアウトリュコスの息子であったことから、有名な英雄オデュッセウスやイアーソーンとは従兄弟にあたるという系譜が一般的です。しかし、一説には、オデュッセウスと同じく、策略家として知られるシーシュポスの息子であるとも語られています。

トロイア戦争末期、長引く戦況を打開するため、ギリシア軍が考案した大胆な計略「トロイアの木馬」作戦において、シノーンはきわめて重要な、そして危険な役割を担いました。彼の任務は、自らを囮とし、トロイア軍を巧妙に欺くことでした。

トロイアの木馬作戦における活躍

ギリシア軍は、見せかけの撤退を決行し、巨大な木馬をトロイアの野営地近くに残しました。この木馬の内部には、オデュッセウスをはじめとする精鋭の兵士たちが隠れていました。そして、野営地には木馬と、ただ一人残されたシノーンだけが残されました。

スミュルナのコイントスの記述によれば、トロイア軍はギリシア軍の野営地から立ち上る煙に気づき、警戒しながら接近しました。そこで彼らが見たのは、放棄された野営と巨大な木馬、そしてその傍らに立つシノーンでした。彼が一人で煙を起こしてトロイア軍を呼び寄せたことが判明すると、トロイア兵たちは彼を取り囲み、詰問しました。当初は頑なに沈黙を守っていたシノーンですが、拷問を受けるに及んでついに口を開き、ギリシア軍が撤退したこと、そして木馬は女神アテーナーへの奉納物であることなどを語りました。さらに彼は、自身が生贄にされそうになったため沼地に逃れ、ギリシア軍の出発後に木馬の元へ戻ってきたという話を付け加えました。トロイア人の多くはこの話を信じましたが、神官ラーオコオーンだけは不審感を抱きました。しかし、トロイア人たちはシノーンを憐れみ、また神の怒りを恐れて、木馬を市内に運び込むことを決定しました。

より広く知られる神話の伝承では、シノーンはより戦略的な嘘を語ります。彼は、あたかもギリシア軍に裏切られ、見捨てられたかのように装ってトロイア軍の捕虜となります。そして、ギリシア軍が無事に帰還できるよう、神に捧げたのがこの木馬であり、巨大である理由は、もしこれがトロイア市内に運び込まれれば、以後アカイア軍がどれほど攻撃してもトロイアが陥落しなくなるだろうと、ギリシア軍が信じていたからだと説明しました。これは、木馬を市内に取り込むことが、トロイアにとって不可侵の守護をもたらすという、トロイア人が受け入れやすい解釈を提示するものでした。

シノーンのこの巧妙な策略は、トロイア人に見事に受け入れられました。彼らは木馬を神聖なものとみなし、守護をもたらすと信じて、市内に運び込むことを決意します。木馬が大きすぎて城門を通れなかったため、彼らは城門を破壊してまで、木馬を町の中心部へと運び入れました。

この時、真実を見抜いていた者もいました。予言者カッサンドラは、木馬の中に敵が潜んでいると警告しましたが、彼女の予言は誰にも信じられないという運命にあったため、その声は無視されました。また、神官ラーオコオーンも「ギリシア人が贈り物をしても恐れる」とトロイア人に訴え、木馬に槍を投げつけましたが、アテーナー（あるいはポセイドーン）が遣わした巨大な海の蛇によって、彼自身と二人の息子が襲われ、非業の死を遂げました。これらの出来事は、かえって木馬を取り込むことが神意であるかのようにトロイア人に思わせてしまったのです。

こうしてシノーンの働きにより、計画通りに木馬はトロイア市内に運び込まれました。その夜、木馬の中に潜んでいたギリシア兵士たちが密かに外に出ると、城門を開け放ち、偽装撤退していたギリシア軍本体を市内に招き入れました。これにより、トロイアは陥落し、長く続いた戦争は幕を閉じました。シノーンは、彼の欺瞞と演技によって、トロイア滅亡の直接的な引き金となった人物として記憶されています。

その他の情報

シノーンの名は、彼の物語にちなんで、小惑星帯に位置する小惑星の一つに命名されています。その小惑星は「(3391) Sinon」と呼ばれています。

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