アウトリュコス

古代ギリシア語で「狼そのもの」を意味するアウトリュコスは、ギリシア神話における卓越した盗賊として名を馳せた人物です。神々の伝令役であり、商取引や盗賊の守護神とされるヘルメースと、美貌で知られるダイダリオーンの娘キオネーとの間に生まれました。ピラムモーンとは父が異なりますが、双子の兄弟であったとも伝えられています。アムピテアーを妻に迎え、アンティクレイア、ポリュメーデー、アイシモスの三人の子をもうけました。娘のアンティクレイアは後に英雄オデュッセウスの母となり、ポリュメーデーはアルゴナウタイの指導者イアーソーンの母（ただし別の伝承ではアルキメーデーとされる場合もあります）、息子アイシモスはトロイア戦争における策士シノーンの父となりました。このように、アウトリュコスはギリシア神話の主要な英雄たちと血縁関係を持つ重要な系譜に連なる存在です。

アウトリュコスがその非凡な能力を受け継いだのは、父である神ヘルメースからです。彼は盗みの技術において誰にも劣らず、さらに言葉巧みに人を欺く偽りの誓いの術にも長けていました。彼の持つ超常的な力の一つとして、触れたものを視界から消し去ることができるというものがあります。また、動物の色を自在に変える能力も持ち合わせており、白い毛を持つ獣を黒く、黒い毛を持つ獣を白くすることができました。さらに、角のある獣から角を取り外し、それを別の角のない獣に取り付けるといったことも容易だったとされます。これらの能力を駆使し、彼は数々の盗みを成功させていきました。

神話

シーシュポスとの狡知比べ

コリントスを統治していた賢王シーシュポスが暮らす地の近くに、アウトリュコスは住んでいました。アウトリュコスはしばしばシーシュポスの家畜を盗難に遭わせていましたが、そのたびに盗んだ獣の色や角を変えていたため、巧妙な手口で犯人を特定させませんでした。しかし、家畜の数が減るシーシュポスの家とは対照的に、アウトリュコスの囲いには獣が増えていくのを見て、シーシュポスは彼の仕業ではないかと疑念を抱きます。そこでシーシュポスは対策を講じ、自分の家畜の蹄の内側に『SS』（シーシュポスの頭文字）という印を密かにつけておきました。

ある夜、いつものようにアウトリュコスが盗みを働きました。翌朝、シーシュポスは家畜小屋から続く蹄の跡が、ある方向へ向かっているのを見つけ、近隣の住民を証人として立ち会わせ、アウトリュコスの家畜がいる場所へと向かいました。アウトリュコスの囲いに入り、獣たちの蹄を調べさせたところ、まさにシーシュポスがつけた印が確認されました。アウトリュコスはしらを切り通し、証人たちとの間で口論が繰り広げられている最中、シーシュポスはアウトリュコスの娘で、すでにラーエルテースの妻となっていたアンティクレイアと関係を持ったといわれています。これには別の伝承もあり、アウトリュコスがシーシュポスの知恵に降参し、彼を自宅に招き入れた際にアンティクレイアを与えたため、彼女がラーエルテースと結婚したのはその後の出来事だった、とも伝えられています。こうして生まれたのが、後にトロイア戦争で活躍する英雄オデュッセウスです。オデュッセウスの抜け目のない性格や狡猾さは、外祖父アウトリュコスと父とされるシーシュポス、二人の祖父から受け継がれた性質だと語られています。

ヘーラクレースとの接点

アウトリュコスの名は、大英雄ヘーラクレースの神話にも登場します。彼は若いヘーラクレースに、格闘技であるレスリングの手ほどきをしたとされています。また、ヘーラクレースが有名な「十二の功業」を終えた後、オイカリアの王エウリュトスの娘イオレーに求婚するも断られた際、アウトリュコスはエウリュトスの飼っていた牛を盗み出し、それをヘーラクレースに譲渡した（あるいは売却した）というエピソードも残されています。

エウリュトス王はこの牛の盗難を、求婚を断られたヘーラクレースによる犯行だと決めつけました。しかし、エウリュトスの息子イーピトスは父の考えに異を唱え、ヘーラクレースのもとを訪れ、共に牛の行方を追おうと提案しました。ところが、ヘーラクレースは再び発作的な狂乱に襲われ、友として迎え入れたイーピトスをティーリュンスの堅固な城壁の上から突き落として死に至らしめてしまったのです。この過ちの代償として、ヘーラクレースはリュディアの女王オムパレーのもとで奴隷の身分として過ごすことになりました。この事件に関しては別の見方も存在し、そもそもヘーラクレースがエウリュトスへの報復として、アウトリュコスに牛の盗難を依頼したのだ、とする説も存在します。

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