ジャンム・カシミール

ジャンムー・カシミール

「ジャンムー・カシミール」という名称は、特定の地理的な地域を指すだけでなく、歴史的な変遷を経て異なる時代の政治的な実体を意味してきました。この項目では、この呼称がかつて指し示し、あるいは現在も指し示している、三つの主要な政体について解説します。それぞれが独自の歴史的背景を持ち、その存在は南アジアにおける複雑な政治状況と深く結びついています。

ジャンムー・カシミール藩王国 (1846年 - 1947年)

最初にこの名称が用いられたのは、1846年に成立した藩王国です。これは、当時の広大なイギリス領インド帝国の一部を構成する形で存在していました。藩王国は、イギリスの間接統治の下で一定の自治権を享受していましたが、外交や防衛といった重要な権限はイギリスが掌握していました。藩王国の領土は、現在のインド、パキスタン、中国にまたがるカシミール地方の広範な領域を含んでいました。その支配領域は、ヒマラヤ山脈の南西部に位置し、ジャンムー、カシミール渓谷、ラダック、ギルギット・バルティスターンなどの多様な地域を含んでいました。

この藩王国は、ドグラ朝の君主によって統治されていました。彼らの統治は、地域内の多様な民族や宗教グループ（ヒンドゥー教徒、イスラーム教徒、仏教徒など）に影響を与えました。藩王国は、独立志向の高まりと第二次世界大戦後のイギリスの撤退という大きな歴史の流れの中で終焉を迎えます。1947年、イギリス領インド帝国がインドとパキスタンという二つの独立国家に分離・独立する際に、藩王国の帰属問題が浮上しました。藩王ハリ・シンは当初、どちらの国にも属さない独立を望みましたが、パキスタンの支援を受けた部族勢力の侵攻を受けて、インドへの帰属を決定しました。この決定が、その後のカシミールを巡るインドとパキスタンの紛争の根源となります。藩王国は、インドへの帰属協定に署名したことで、その歴史的役割を終えました。

ジャンムー・カシミール州 (1947年 - 2019年)

ジャンムー・カシミール藩王国がインド連邦への帰属を選択したことに伴い、1947年にインドの州としてジャンムー・カシミール州が創設されました。この州は、インド憲法の下で他の州とは異なる特別な地位を与えられていました。特に、憲法第370条によって、独自の憲法を持つことや、連邦政府の権限が限定されるなど、広範な自治権が認められていました。

この州の領域は、かつての藩王国領のうち、インドが実効支配する部分を主としていました。しかし、インドとパキスタンの間でカシミール地方の帰属を巡る争いが継続したため、実際にインドが統治できたのは、旧藩王国領の一部に過ぎませんでした。パキスタンはアザド・カシミールやギルギット・バルティスターンを実効支配し、中国もアクサイ・チンの一部を実効支配しており、これらはジャンムー・カシミール州の領域には含まれませんでした。

ジャンムー・カシミール州は、インド国内で唯一ムスリムが多数派を占める州として、その政治的・社会的状況は常に注目を集めてきました。独立後の70年以上にわたり、州内では政治的な不安定、武装勢力による活動、そしてインド政府との関係を巡る議論が続いていました。2019年、インド政府は憲法第370条を廃止し、州の特別な地位を剥奪する決定を下しました。この決定は大きな政治的転換点となり、ジャンムー・カシミール州は再編成されることになります。

ジャンムー・カシミール連邦直轄領 (2019年 - 現在)

2019年のインド政府による憲法第370条廃止とそれに続く再編成法案の成立により、ジャンムー・カシミール州は解体され、二つの新たな連邦直轄領に分割されました。その一つが、現在も存続しているジャンムー・カシミール連邦直轄領です。

この連邦直轄領は、かつてのジャンムー・カシミール州の西半分にあたる地域で構成されています。具体的には、ジャンムー地方とカシミール渓谷を含む領域です。州として享受していた自治権は失われ、直接的に連邦政府（中央政府）の管理下に置かれる形態となりました。立法府を持つ点では他の連邦直轄領と異なりますが、その権限は州時代に比べて限定されています。

一方、旧ジャンムー・カシミール州の東部、主に仏教徒が多く居住するラダック地方は、独立したラダック連邦直轄領として分離されました。これにより、かつての藩王国に由来する「ジャンムー・カシミール」という名称が指す政治的な実体は、2019年以降、この新しい連邦直轄領を指すことになりました。

これらの歴史的な変遷は、「ジャンムー・カシミール」という地名が単なる地理的呼称ではなく、この地域の複雑な歴史、住民構成、そして南アジアにおける地政学的な緊張と不可分に関わっていることを示しています。各時代の政体は、その時代の政治状況と勢力図を反映しており、この地域の未来においてもその存在形態は重要な意味を持ち続けると考えられます。

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