ムカデクジラ

ムカデ クジラ

概要

ムカデクジラは、古代から近代にかけて、東西のさまざまな文献や伝承、そして目撃情報に登場する巨大な海棲未確認動物（UMA）です。その最大の特徴として挙げられるのは、体側や背部に多数存在するヒレや突起であり、これが「ムカデ」の名の由来となっています。非常に大きな個体が存在するとされており、数十メートルに達したという記録も報告されています。

古代の記録

この謎めいた生物に関する最も古い記述の一つは、2世紀の古代ギリシアの著述家アイリアノスによるものです。彼はその著作『動物の性質について』の中で、海岸で知られているという「スコロペンドラ（Scolopendra）」について報告しており、目撃者の話として、この生物がロブスターに似た尾と、毛の生えた大きな鼻を持っていたと伝えています。

アイリアノス以前にも、スコロペンドラへの言及が見られます。紀元前3世紀頃の詩人テオドリダスは、激しい風によって荒れた海が多脚のスコロペンドラをイアピュギアの岩礁に打ち上げ、ガレー船の船主たちがその恐ろしい怪物（ただし、原語は軟骨魚類を意味する）の巨大な肋骨を神々に捧げたと詠んでいます。また、紀元前120年頃の詩人シドンのアンティパトロスは、約14.6メートル（4オルギュイアの2倍）にもなる巨大なスコロペンドラの死骸が砂浜に打ち上げられ、漁師によって引き上げられて海の女神イノとその息子パライモンに捧げられた出来事を記録しています。

その他の呼称

動物学者のベルナール・ユーヴェルマンは、こうした多数のヒレを持つとされる未確認海棲生物を「多鰭型（Many-finned）」のシーサーペントとして分類し、「ケティオスコロペンドラ・アエリアナ（Cetioscolopendra aeliana）」という暫定的な学名を与えました。16世紀の博物学者ギヨーム・ロンドレは、この生物を「クジラムカデ（cetacean centipedes）」と呼んでいます。アイリアノス自身は「オオウミムカデ（Great Sea-Centipedes）」と称しており、現代の未知動物学者ローレン・コールマンも著作の中で同様に「オオウミムカデ（Great Sea Centipede）」の名称を用いています。ベトナムにおいては、同種の生物が「コンリット（Con rit）」、すなわちベトナム語で「ムカデ」と呼ばれています。日本の博物学者・南方熊楠は、アイリアノスらのスコロペンドラが、江戸時代の本草書『大和本草』に記された日本の「ムカデクジラ」と同じ生物ではないかと推測しています。

日本のムカデ クジラ

『大和本草』によれば、日本のムカデクジラは海鯂（えつ）のように細長く巨大な姿をしており、背中には五つの背びれ、そして尾は付け根から二つに分かれていると描写されています。体側からは六対、合計十二本の脚が生えているとされ、その名の由来となる特徴が強調されています。その肉は赤く、強い毒を持っており、人が食べると死に至ると記されています。また、『本草綱目』に記載された、赤い龍のような形態を持つ有毒な海中生物「海薑（かいきょう）」との関連性も示唆されています。

近代以降の目撃情報

ムカデクジラに類する生物の報告は、近代以降も複数存在します。1883年には、ベトナムのアロン湾、ホンガイ浜で、硬い外皮に覆われたシーサーペントの死体が発見されたという記録があります。目撃者の一人によると、死体は全長約18メートルで、約60センチ間隔で甲殻質の体節があり、それぞれの体節から約70センチの突起が一対生えていたといいます。この頭部のない死体は後に海へ投棄されました。この事例は、後に「コンリット」として知られるようになります。1899年には、地中海アルジェリア沖のファルコン岬付近を航行中のイギリス海軍軍艦ナーシサスの乗組員が「海の怪物」を目撃しました。その生物は体長約45メートルと推定され、「数えきれないほどのヒレ」を持ち、軍艦の速度に合わせて泳ぐことができたと記録されています。この目撃は約30分間続きました。

正体に関する考察

この謎の生物の正体については、いくつかの説が提唱されています。ベルナール・ユーヴェルマンは、甲殻に覆われたクジラ、例えば太古のクジラに見られる皮膚の骨化構造を持つ種である可能性を示唆しました。一方、シュナイデルは、海岸に打ち上げられた鯨類などの死体の肋骨が、多数の脚を持つムカデのように見間違えられたのではないかと推測しています。さらに、エジンバラのジェームス・リッチー博士は、巨大なゴカイ類の一種である可能性を唱えています。これらの説は、それぞれの特徴の一部を説明しようとする試みですが、ムカデクジラという未確認動物の全体像、特に古代から近代にわたる多様な報告を完全に説明するには至っていません。この生物の正体は、依然として大きな謎に包まれたままです。

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