七支刀

七支刀：古代の鉄剣と謎めいた銘文

奈良県天理市の石上神宮に伝わる七支刀は、古代日本の歴史を紐解く上で極めて重要な鉄剣です。全長74.8センチメートル、剣身の両側にそれぞれ3本の枝刃が段違いに配置され、合計6本の枝刃を持つ独特の形状が特徴です。さらに、剣身には金象嵌によって銘文が刻まれており、その内容の解釈をめぐって長年にわたる研究が続けられています。

1953年（昭和28年）には国宝に指定され、日本の歴史における重要な文化財として高く評価されています。石上神宮では古くから「六叉の鉾（ろくさのほこ）」と呼ばれ、神田への最初の苗を植える儀式において神を降ろす祭具として用いられてきました。

七支刀の存在が広く知られるようになったのは、明治7年（1874年）、石上神宮大宮司となった菅政友の尽力によるものです。菅政友は水戸藩出身の歴史研究者でもあり、『大日本史』の編纂にも参加していました。大宮司として社宝である七支刀を詳細に調査した結果、剣身に金象嵌銘文が施されていることを発見。その後、銘文の錆を取り除き、解読を試みました。この発見以来、銘文の解釈と解読は、多くの研究者によって続けられており、現在に至るまで様々な説が提唱されています。

銘文：解読の難しさ

七支刀の銘文は、刀身の表に34字、裏に27字、合計61字から構成されています。しかし、長年の腐食によって多くの文字が損傷しており、完全に判読できる文字は49字にとどまります。残りの12字は、わずかに残る線画から推測するしかありません。

銘文の解読においては、特に「倭王」の文字の解釈が重要な論点となっています。「石上神宮神宝図」では「倭王」の「王」を「主」と解釈している一方で、その解釈を支持する研究者は少ないのが現状です。この解釈が正しいとすれば、百済王は倭王を「倭主」と呼び、銘文の表面に記された「侯王」と対比することで、両者の国際関係を大きく変える可能性があります。しかし、現在では「倭王」の解釈も含め、多くの部分で研究者の意見が一致しているわけではありません。

銘文の解釈：様々な説

銘文の内容に関する解釈は、研究者によって大きく異なっています。銘文が刻まれた場所についても、「表は東晋で、裏は百済で刻まれた」という説など、多様な意見が存在します。しかしながら、現在の定説は「百済王が倭王に贈った」というものです。この解釈は、当時の国際情勢、すなわち高句麗の圧迫を受けていた百済が倭との同盟関係を強化するために七支刀を贈ったという背景に基づいています。

様々な研究者の解釈をいくつか紹介します。

坂元義種は、銘文から百済が東晋に朝貢し、東晋から「百済王」と「世子」の地位を得たことを喜び、倭王に七支刀を贈ったと解釈しています。この解釈は、『日本書紀』の記述と対応する部分があるものの、銘文中の紀年銘の解釈には異論があります。
栗原薫は、百済が前燕の衰退後、倭国と同盟を結び、高句麗に対抗するため七支刀を贈ったと解釈します。銘文の表面は形式的な吉祥句であり、重要な意味を持たないと主張しています。
* 浜田耕策は、『日本書紀』の記述を基に、七支刀が贈られた時期を372年と推定。百済と倭が対等な関係にあったとしながら、この献上が、中国南朝、百済、加耶諸国、倭王による南方外交ラインの形成に繋がったと主張しています。

授受関係と年代考証

七支刀の授受に関する解釈は、大きく分けて以下の4つの説があります。

1. 東晋が倭国に授け、百済が仲介役だった説
2. 百済が倭国に献上した説
3. 百済が倭国に下賜した説
4. 対等な関係での贈り物だった説

これらの説は、倭国と百済の対高句麗同盟という前提に立っている点で共通しています。しかし、それぞれの説にはそれぞれに課題があり、現在に至るまで、明確な結論は出ていません。

銘文の年代を示す「泰■四年」の解釈も、研究者によって意見が分かれています。西晋の泰始四年（268年）、東晋の太和四年（369年）、劉宋の泰始四年（468年）など、複数の説が提唱されています。これらの説はそれぞれ、銘文の解釈や当時の国際情勢を考慮した上で、年代を推定しています。さらに、百済独自の年号とする説も存在しますが、その根拠は十分ではありません。

史料と七支刀

『日本書紀』には、神功皇后52年（従来の紀年法では252年、修正紀年法では372年）に百済が七支刀と七子鏡などを献上したと記されています。この記述と七支刀銘文を関連づける試みも行われていますが、紀年法の違いや銘文の解釈の難しさから、明確な結論はまだ出ていません。

また、『古事記』の歌謡の中には、仁徳天皇が七支刀を佩用していたとする解釈も存在します。

七子鏡とボストン美術館所蔵品

七支刀と同時に献上されたとされる七子鏡は、アメリカ・ボストン美術館が所蔵する銅鏡であるという説があります。この鏡は、鏡背に7つの乳（円形の突起）があり、名称に合致するとしていますが、年代考証では七支刀との関連性に疑問も残されています。

七支刀の復元

現在までに、七支刀は3回復元されています。しかし、本来の製法が不明なため、それぞれの復元において異なる製法が採用されています。

結論

七支刀は、その独特の形状、金象嵌銘文、そして謎めいた歴史的背景から、多くの研究者を魅了し続けている古代の鉄剣です。銘文の完全な解読、年代の確定、そして百済と倭の関係性の解明は、今後の研究課題として残されています。七支刀は、古代東アジアの国際関係や、日本列島の歴史を理解する上で、欠かせない重要な史料と言えるでしょう。

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