南極1号

南極1号：越冬隊員の孤独と、ひとつの性具人形の物語

1957年、日本の第1次南極地域観測隊の越冬隊は、昭和基地へ極秘裏に持ち込まれた性具人形「南極1号」と共に過酷な越冬生活を送りました。南極観測は国家的なプロジェクトであり、その成功は戦後日本の復興を象徴するものでした。しかし、長期間にわたる極夜と孤立は、隊員たちの精神面に大きな負担をかけると懸念されました。そこで、越冬隊の医師らは、隊員の性的欲求を満たす方策として、性具人形の導入を提案したのです。

人間の温もりを求めて：南極1号の誕生

南極1号は等身大の人形でしたが、下半身は上半身とは異なる素材で作られていました。上半身は石膏製のマネキン人形を加工し、下半身は柔らかな素材を使用。脚部は途中までしか作られていませんでした。内部には4リットルの金属缶が埋め込まれ、温めたお湯を入れることで使用できるようになっていました。使用後の洗浄や消毒も必要でした。当時の薬事法ではこのような性具は厳しく規制されていたため、医師らは全国の人形問屋を探し回り、制作を依頼。5万円という高額な費用をかけて、2体の人形が制作されました。

昭和基地のイグルーに安置された人形

宗谷で南極へ運ばれた2体の人形。1体が昭和基地へ、もう1体が宗谷の倉庫に残されました。越冬隊長は、基地の風紀を乱さないよう、基地の裏手にイグルーを自ら作って人形を安置。内部には、取扱説明書、簡易コンロ、鍋などが置かれ、隊員は一人ずつ「お参り」することになっていました。しかし、零下15度の寒さ、グロテスクな容姿、そしてお湯を沸かす手間などから、実際に使用した隊員はいませんでした。隊員たちは人形を「べんてん様」と呼び、その存在を薄々感じつつも、誰もその姿を見ることすら憚られました。

予想外の結末と、その後の影響

極夜期間がそれほど長くなかったこと、そして隊員の精神的なケアが行き届いていたこともあってか、越冬隊員に精神異常をきたした者は出ませんでした。南極1号は「処女」のまま日本へ持ち帰られましたが、宗谷に残されたもう一体は、使用された後、放置されたまま腐敗し廃棄されました。発案者の中野医師は後に、この試みを「老婆心からの失敗」と悔やみました。

しかし、この出来事はメディアによって「南極妻」「ミス南極」といったセンセーショナルな形で報じられ、「南極1号」という名が広く知られることになります。この事件は、日本のダッチワイフ開発に少なからず影響を与え、1960年代半ば以降、ダッチワイフが公然と流通するきっかけの一つとなったと言えるでしょう。南極という極限環境での孤独と、性的な欲求の葛藤。南極1号は、その時代背景と人間の複雑な感情を象徴する、忘れがたい存在です。

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