呼延灼

呼延灼（こえん しゃく）

『水滸伝』は中国四大奇書の一つに数えられる長編小説であり、呼延灼はその中に登場する百八人の好漢の一人です。物語においては天威星の化身とされ、梁山泊に集結した英傑たちの中で第八位に位置づけられています。彼の渾名は「双鞭」。これは彼が両手に一本ずつ、計二本の鞭を巧みに操る武技に由来しています。

もともと呼延灼は、北宋の汝寧州で都制（軍を指揮する役職）を務めていました。その血筋は、北宋建国に貢献した名将として知られる呼延贊の嫡流とされており、武家の名門としての背景を持ちます。彼の最大の特技は、「連環馬」と呼ばれる騎馬戦法でした。これはおよそ三十騎の騎兵を横一列に鉄の鎖でつなぎ、一体となって敵陣に突撃させるという強力な戦術であり、彼の指揮下で絶大な威力を発揮しました。

呼延灼が物語に初めて姿を現すのは、梁山泊が官軍を破り勢力を拡大したことで、宋の朝廷が恐慌を来した場面です。権臣・高俅の推挙により、彼は梁山泊討伐軍の総大将に任命されました。天子・徽宗皇帝からは、名馬「踢雪烏騅（てきせつうすい）」を賜り、副将の韓滔や彭玘らを引き連れて梁山泊へと向かいます。

緒戦では、副将の彭玘が梁山泊の女傑・扈三娘に捕らえられるという不利な展開もありましたが、呼延灼は得意の連環馬戦法を駆使し、梁山泊軍を大いに苦しめました。さらに、首都東京（開封）から砲術のエキスパートである凌振を招集し、砲撃による追撃を試みますが、凌振は梁山泊軍の策略によって誘拐されてしまいます。この間に梁山泊側では、連環馬を打ち破るため、槍術の達人である徐寧を仲間に引き入れていました。この対策が功を奏し、呼延灼軍は壊滅的な大敗を喫し、副将の韓滔も捕らえられてしまいます。呼延灼自身は、賜った名馬「踢雪烏騅」の力で辛くも戦場から単騎脱出を果たしました。

首都に敗北の報告を持って帰れば面目を失うと考えた呼延灼は、徽宗皇帝の妃である慕容貴妃の兄にあたる青州知事・慕容彦達を頼ります。慕容知事は、朝廷への取り成しを条件に、青州周辺に巣食う三つの山賊集団（桃花山・二龍山・白虎山）の討伐を依頼します。呼延灼は早速、桃花山の李忠・周通を攻めて勝利を収めましたが、桃花山は二龍山の魯智深・楊志・武松らに救援を求めたため、戦況は膠着します。その隙に、白虎山の孔明・孔亮が青州城を攻撃したため、呼延灼は急遽引き返して孔明を生け捕りにしました。追い詰められた三山連合軍は、ついに梁山泊に救援を要請します。これを受けて、梁山泊からは宋江・呉用・花栄といった中心人物たちが派遣されました。呼延灼は呉用の巧みな策略にかかり、捕らえられてしまいます。

しかし、梁山泊の首領である宋江は、捕虜となった呼延灼の縄を自ら解き、礼を尽くして梁山泊への入山を勧めました。宋江の真摯な態度に感銘を受けた呼延灼は、快く梁山泊に加わることを決め、青州城の攻略にも協力しました。梁山泊の一員となってからも、彼は芒碭山攻め、曾頭市の曾一族との戦い、北京攻略など、様々な戦役において馬軍の将として活躍しました。

百八人の好漢が梁山泊に勢揃いした際には、彼は第八位という高位につき、「馬軍五虎将」の四番目に位置づけられました。梁山泊が朝廷に帰順した後も、彼は遼国征伐や方臘征伐といった戦役で、主力である馬軍の将として奮闘しました。これらの戦いにおける彼の武功は目覚ましいものでしたが、群像劇である『水滸伝』の中では、初期の敵役としての個性に比べると、その後の活躍がやや埋もれがちになる傾向も見られます。

方臘征伐を終え、東京に凱旋した後、梁山泊軍は解散されます。呼延灼は武節将軍に任じられ、御営兵馬使として皇帝の護衛という重要な役目を担いました。晩年においても、彼は金国征伐の軍を率い、金国の将・兀朮四太子を撃破するなど功績を挙げましたが、最終的に淮西の地で戦死したとされています。

『水滸伝』の後日譚とされる『水滸後伝』では、彼の息子である呼延鈺が徽宗の九男である康王趙構（後の南宋初代皇帝・高宗）の側近となり、南宋を支えた武将の一人として描かれています。呼延鈺は花栄の子・花逢春や、呼延灼の娘・呼延玉英の婿となった徐寧の子・徐晟と義兄弟の契りを結んだとされています。

呼延灼というキャラクターは、『水滸伝』の原型とも言われる『大宋宣和遺事』にも「鉄鞭・呼延綽」の名で登場しており、その存在は古くから知られていました。また、『水滸伝』とほぼ同時期に成立したとされる小説『楊家将演義』では、呼延賛が鉄鞭を振るって活躍する場面が多く描かれており、『水滸伝』と『楊家将演義』が互いに影響を与え合った可能性が指摘されています。さらに、『岳飛伝（説岳全伝）』にも忠臣として登場し、老齢ながら南宋のために戦いますが、金国の兀朮に殺されるという悲劇的な最期を迎えます。漫画家の横山光輝による漫画版『水滸伝』でも彼の姿が描かれていますが、ここでは彼の武器である「双鞭」が文字通りの「二本のムチ」として表現され、二竜山での魯智深との対決では鞭が相手の得物に絡まるというユニークな場面が描かれています。

呼延灼は、名門の武将でありながら梁山泊と敵対し、敗れて帰順した後もその武勇で集団を支えたという点で、梁山泊の多様な構成員の中でも特異な経歴を持つ人物と言えるでしょう。彼の存在は、『水滸伝』の物語に厚みを与えています。

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