国吉康雄

国吉康雄：20世紀アメリカを彩った日系人画家の軌跡

国吉康雄（1889-1953）は、20世紀前半にアメリカで独自の地位を築いた日本出身の洋画家です。岡山県に生まれた彼は、10代の若さでカナダ経由でアメリカへ渡り、そこで画家としての道を歩み始めました。貧しいながらも、様々な職を転々としつつ、並行して絵画を学び続けました。

渡米と画学生時代：貧困と芸術の狭間

シアトルからロサンゼルス、そしてニューヨークへと移り住んだ国吉は、肉体労働をしながら公立学校に通い、その後はアートスクールに入学。ナショナル・アカデミーを短期で退学したのち、インディペンデント・スクール・オブ・アーツ、ヘンリー・スクールを経て、アート・スチューデンツ・リーグ・オブ・ニューヨークに入学し、ケネス・ヘイズ・ミラーに師事しました。同リーグで、ジュール・パスキンやロイド・グッドリッチといった、後の彼の活動を支える重要な人物たちと出会います。また、最初の妻となる画家キャサリン・シュミットともこの頃に出会いました。

1917年には新独立美術協会展に出展し、前衛画家が集まるペンギン・クラブにも参加、本格的な画家活動を開始しました。資産家ハミルトン・イースター・フィールドの支援を受けながら、彼の画風はアメリカ的モダニズムへと傾斜していき、『自画像』(1918)や『テーブル前の女』(1917)といった初期の代表作を生み出します。しかし、アメリカ国籍を持たなかった国吉と結婚したキャサリンは、当時の法律によってアメリカ国籍を剥奪されるという困難にも直面しました。

アメリカモダニズムへの貢献：独自の幻想的表現主義

1920年代、国吉はダニエル画廊で個展を開き、アメリカメディアから高い評価を受けました。彼の作品は、東洋的な素朴さとモダニズムの繊細さを独特な形で融合したものとして注目を集め、ヨーロッパや日本の模倣ではない、アメリカ独自のモダニズムを体現する画家として認知されるようになります。ロイド・グッドリッチは彼の画風を「東洋趣味とモダニズムのユニークな混合」と評し、ミルトン・ブラウンはマルク・シャガールらの表現主義に近いと指摘しました。村木明は、国吉の日本での生活記憶や空想、ユーモアが反映された独自の幻想的表現主義と分析しています。この時期の代表作には、『野馬』(1920)、『海辺』(1920)、『海岸の家』(1922)などがあります。

1920年代半ばには、ジュール・パスキンの誘いでパリへ渡り、エコール・ド・パリの雰囲気に触れ、サーカスの少女を好んで描くようになります。また、モーリス・ユトリロやシャイム・スーティン、パブロ・ピカソらとも交流し、彼らの影響も作品に現れてきます。1929年にはニューヨーク近代美術館の「19人の現代アメリカ画家展」に選出され、アメリカを代表する現代画家の一人としての地位を確立しました。

1930年代：帰国と反ファシズム運動

1931年には、病気の父親を見舞うために一時帰国しますが、日本の美術界からは十分に理解されず、帰国後すぐにアメリカへ戻りました。帰国後、アメリカでは母校のアート・スチューデンツ・リーグの教授に就任し、山本紅浦など多くの生徒を指導しました。また、リベラルな芸術家集団アン・アメリカン・グループの委員長も務め、台頭するファシズムへの反対運動にも積極的に参加、アメリカ美術家会議の要職に就き、反ファシズムの展覧会を開催するなど社会活動にも尽力しました。しかし、ソ連のフィンランド侵攻を巡る対立から、1940年にはアメリカ美術家会議を脱退することになります。

太平洋戦争とプロパガンダ：葛藤とアイデンティティ

日米開戦後、国吉は敵性外国人として当局の監視下に置かれましたが、アメリカ人画家としてのアイデンティティと、アメリカ民主主義への揺るぎない信念を貫き、ニューヨーク在住日本人美術家委員会の声明などを通して、アメリカへの忠誠を表明しました。そして、戦時情報局（OWI）から対日プロパガンダの仕事を受け、ラジオ放送やポスター制作を通じて、アメリカの正当性を日本に訴えました。

しかし、彼のプロパガンダ活動には、批判的な視線も向けられています。OWIからの要請に応じ、日本の残虐行為を描いたポスターを制作したこと、日本への爆撃を肯定しかねない発言を残したことなどが、その批判の対象となりました。一方で、人種的な特徴を排除し、戦争で傷つく人々を描こうとした姿勢や、OWIの商業的な手法への反発も指摘されています。

戦争の悲惨さと虚無感は彼の作品にも反映され、『誰かが私のポスターを破った』(1943)や『一日の終わり』(1945)といった作品には、その葛藤が強く表れています。

戦後と晩年：美術界への貢献と死

戦後、国吉は美術家組合を設立し、会長としてアメリカ美術界の発展に貢献しました。1948年にはホイットニー美術館で回顧展が開かれ、アメリカ美術界での確固たる地位を確立しました。しかし、1950年ごろから体調を崩し、アメリカ国籍を取得できるようになった矢先の1953年に胃癌で亡くなりました。晩年、日本での回顧展を希望していた彼の夢は、叶うことはありませんでした。

国吉康雄は、貧困と差別、戦争という逆境の中でも、自らの芸術を貫き、アメリカモダニズムに大きな足跡を残した稀有な画家でした。彼の生涯と作品は、アメリカにおける日系人の歴史、そして20世紀の美術史を理解する上で、重要な意味を持っています。

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