『源氏物語』宿木:帝の命と、宿る心、そして宿命
『
源氏物語』五十四帖「宿木」は、
宇治十帖の第五帖にあたる。巻名は、
薫と
弁の尼が詠み交わした歌に由来する。歌に詠まれた「やどりき」は、植物の
ヤドリギと、かつて宿ったという意味の掛詞であり、物語全体のテーマを象徴的に示していると言えるだろう。
この巻は、
薫二十五歳から二十六歳にかけての出来事を描く。物語は、帝が
裳着を控えた
女三宮の後見を
薫に託すことから始まる。亡き大君の面影を
薫に重ねる帝の願いと、それを引き受ける
薫の複雑な心境が描かれる。
薫は渋々ながらも承諾し、
女三宮のもとに通うようになるが、その様子に周囲は疑問を抱く。
一方、
匂宮と
六の君の婚約が決まる。これは、
匂宮の妻である中君にとって大きな衝撃となる。中君は妊娠中で体調を崩しているにも関わらず、
匂宮はそれに気づかず、中君は孤独な日々を過ごす。そんな中、
薫は中君の相談相手となり、慰めるうちに、いつしか中君への深い愛情を抱くようになる。
ある夜、
薫は中君への想いを打ち明けるが、懐妊している中君を思い自制する。
匂宮は、
薫の香りが中君からするのを怪しみ、問い詰めるが、中君は
薫の疑いをそらすために、亡き大君に似た異母妹の浮舟の存在を明かす。
翌年二月、中君は男児を出産。
薫は昇進し、
女三宮と結婚、三条宮で暮らすようになる。四月下旬、宇治を訪れた
薫は、偶然にも浮舟と出会い、亡き大君に似た浮舟の容姿に驚きを隠せない。そして、
弁の尼に仲介を依頼する。
「宿木」は、複数の恋愛模様が複雑に絡み合い、それぞれの登場人物の葛藤や心の動きが繊細に描かれている。
薫は帝の命を受け入れながらも、中君への恋心を抑えきれず、中君は
匂宮への愛情と孤独感に苦しむ。
匂宮は、妻への愛情と
六の君への惹かれあい、そして
薫の影に翻弄される。
巻名の「宿木」は、様々な意味合いで物語に深みを与えている。
ヤドリギのように、他の木に寄生するように、
薫の愛情は中君へと向けられ、やがて浮舟へと移っていく。また、「宿りき」という過去への想いは、亡き大君への未練、そして過去への後悔として、登場人物たちの行動を規定している。
この巻は、単なる恋愛物語にとどまらず、帝の政治的思惑、女性の立場、そして運命の残酷さを暗示している。登場人物たちの心の揺らぎ、そして複雑な人間関係は、読者に深い感動と余韻を残す。
薫と中君、そして浮舟の運命は、次の巻へと繋がっていく。
物語全体の大きな流れの中で、「宿木」は重要な転換点となる。
薫と浮舟の出会いは、物語の後半、
宇治十帖の展開へと導く重要な役割を果たしている。この巻を読み解くことで、『
源氏物語』全体の理解が深まり、物語の奥深い魅力をより一層堪能できるだろう。