封じ手

封じ手：中断された勝負の行方

持ち時間のあるゲームにおいて、対局が中断された場合、どのように次の手を公平に決めるか？ そこで用いられるのが「封じ手」です。これは、中断時に有利不利が生じないように、次の手を事前に決めておく方法です。チェス発祥とされるこの手法は、将棋や囲碁など、時間制限のあるゲームにおいて、公平性を保つための重要な要素となっています。

封じ手の歴史と概要

19世紀には既にチェスで用いられていた封じ手は、将棋では1927年、生駒粂蔵氏によって導入されました。囲碁においては、1938年の本因坊秀哉引退碁が最初とされていますが、1922年の裨聖会での使用例も存在すると言われています。現在では、将棋と囲碁で公式に採用されており、持ち時間制を採用する多くのゲームに適用可能なシステムです。

封じ手は、中断の規定時刻までに次の一手を決め、相手に知られないよう紙に記入し、封筒に入れて封をします。再開時に開封し、記入された手を指して対局を再開します。これにより、中断中は両者とも相手の次の手が分からず、公平な条件で次の手を検討することができます。規定時刻前に封じることも可能で、その場合は規定時刻まで持ち時間を消費したものとして扱われます。

封じ手の構成：用紙と封筒

封じ手には専用の用紙と封筒が用いられます。将棋と囲碁では、用紙や封筒の構成が異なります。

将棋の封じ手用紙と封筒

用紙: 横置きの縦書きで四つ折り。右側に棋戦名、対局者名などを記入する欄、左側に盤面が印刷されています。
封筒: 縦書き。表面に棋戦名、会場名、対局者名などを記入する欄、裏面に日本将棋連盟の文字と日付記入欄があります。両対局者は封筒の閉じ口に署名します。

囲碁の封じ手用紙と封筒

用紙: 縦置きの縦書きで四つ折り。上側に棋戦名、対局者名、消費時間などを記入する欄、下側に盤面が印刷されています。
封筒: 横書き。棋戦名、局数、立会人、記録者、消費時間、対局者名、日時、保管者署名などを記入する欄があります。

封じ手の実際の手順

封じ手の手順は将棋と囲碁でほぼ同様ですが、一部違いがあります。

1. 意思表明: 封じ手番の対局者は、立会人に対し封じ手の意思表示を行います。記録係は時計を止めます。
2. 記入: 記録係は封じ手用紙に棋戦名、対局者名、現在の局面を記入します。対局者は秘密裏に封じ手用紙に記入します。将棋では駒の移動を赤ペンで矢印で示し、囲碁では石を打つ位置に色分けされたペンで丸を付けます。
3. 封入: 記入された封じ手用紙は秘密裏に封筒に封入されます。両対局者は封筒に署名します。
4. 保管: 将棋では2通作成し、1通を立会人が、もう1通を対局場の金庫などに保管します。囲碁では1通で、通常は立会人が保管します。
5. 再開: 翌日、対局者は記録係の読み上げ（囲碁は記憶）に従って局面を再現し、立会人が封筒を開封し、封じ手を公表します。封じ手番の対局者は封じ手を反映させて対局を再開します。

封じ手の戦略と心理戦

封じ手の戦略は、必然の一手を封じるよりも、複数の候補手がある局面で封じる方が望ましいとされています。相手がどの手を予想するか、そして自分がどの手を選択するのか、心理戦が重要な要素となります。しかし、あまりにも選択肢が多い局面で封じ手をするのは、かえって自身に負担がかかるため、適切な局面を選ぶことが重要です。

チェスではコンピュータ解析の発展により、1990年代後半に封じ手はほぼ全廃されましたが、将棋や囲碁では、プロ棋士の間でも封じ手の戦略については、系統だった研究は発表されていません。タイトル戦で封じ手が用いられることは稀であり、1日目のうちに形勢がはっきりしてしまうような局面では、封じ手の重要性も低くなります。

逸話とルール変更

将棋では、かつては封じ手の時刻を繰り上げたり、振り駒で封じ手を行うプレイヤーを決めていた時代もありました。また、封じ手に関するトラブルや、封じ手を巡る心理戦のエピソードも数多く存在します。例えば、1996年の名人戦では記録係の時計と棋士の時計のずれが原因でトラブルが発生し、その後、記録係の時計が公式時刻となるルールに変更されました。

囲碁においては、1963年の名人戦で、挑戦者と名人の間で封じ手を巡る激しい駆け引きが行われた例があります。また、本因坊秀哉引退碁では14回の封じ手が記録されていますが、その中の1手は、相手が必然的に受けざるを得ない手であり、秀哉を激怒させることとなりました。しかし、後になって秀哉は木谷の着手を正当なものと認めています。

フィクションにおける封じ手

封じ手は、小説やドラマなどのフィクション作品でもしばしば取り上げられます。しかし、フィクション作品では、現実のルールと異なる描写がされる場合もあります。例えば、ドラマ『古畑任三郎』では、封じ手のルールとは異なる方法でトリックが描かれています。

まとめ

封じ手は、持ち時間のあるゲームにおいて、対局の中断時における公平性を保つための重要なシステムです。将棋や囲碁では長年にわたり使用されており、その歴史、ルール、戦略、そしてそれを取り巻く様々なエピソードは、ゲームの奥深さを象徴するものです。将棋と囲碁以外のゲームでも、時間制限と手番が重要な要素となるゲームには適用可能なシステムといえるでしょう。

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