山月記

『山月記』について

中島敦による短編小説『山月記』は、1942年に発表された彼のデビュー作であり、唐代を背景にした幻想的な物語である。物語の主役は、詩人としての名声を夢見ていた李徴という男で、彼は自分の望みに敗れ、最終的には虎へと変貌してしまう運命を辿る。物語では、李徴が旧友の袁傪に自らの数奇な運命を語る形で展開されていく。

あらすじ

物語は、李徴が若くして科挙試験に合格し、官吏の道を歩むところから始まる。彼は、自身の才能に自信を持ち、既成の官職に満足できず、詩人として名声を得ることを志す。しかし、官職を退き、生活の困窮に直面し、再び官吏の職に就くものの、自尊心の高さから屈辱的な思いを味わう。やがて、心の動揺から発狂し、山へと姿を消してしまう。

物語の展開は次の年、李徴の旧友の袁傪が虎に襲われる場面から始まる。不気味な虎は、袁傪に気づくと茂みに隠れ、李徴の声で悲鳴を上げる。その瞬間、袁傪は彼が李徴であることに気づく。虎の姿の李徴は、自らの変化の裏にある不可思議な経緯を語り始める。

李徴は、虎になった理由を語る中で、自身の人間性の消失という苦しみを告白し、さらに袁傪に自分の詩を記録してくれるように依頼する。袁傪は、その詩に感銘を受けつつも、詩の質に欠ける部分があることを洞察する。詩作が進む中で、李徴は虎になった理由に気づく。それは、自身の臆病さや尊大な羞恥心、努力を怠ってきたことによる失敗なのだと認識する。最終的には、李徴は自己中心的だった自分を反省し、袁傪に妻子に「己はすでに死んだ」と伝えてほしいと頼む。

物語は李徴の反省を経て終息を迎え、彼が隠れている叢から虎が現れ、月に向かって咆哮し消え去るシーンで締められる。この咆哮の後には、彼がかつての人間の姿を捨て、完全に虎としての存在となったことを象徴的に示している。

発表の経緯

中島敦は、1941年にパラオに赴任する前から作品を執筆しており、その際に書き溜めていた原稿を友人の深田久弥に預けた。この原稿が後に『古譚』として公表され、その中に『山月記』が含まれていた。本作は戦時中に発表されたため、掲載は限定的だったが、高い評価を受け、教育現場でも取り上げられることが多くなった。

中島は、作品が評価されるまでの長い道のりや、自身の内面的な葛藤を反映しつつ、叙情的かつ思想的な深みを持つ物語を生み出した。この作品は、後に舞台化され、さまざまな形で上演されるなど、多くの人々に感銘を与え続けている。

研究と解釈

『山月記』は、下敷きとなった「人虎伝」とは異なり、中島が独自の視点で内面的な葛藤を描いている点に特徴がある。言い換えれば、虎へ変身した理由は外的な要因ではなく、李徴自身の内面的な要因に強く起因している。

この作品は、文学的な価値を持ちながらも、詩人の孤独や運命的な苦悩を描き出し、そのリアリズムは現代に生きる人々にも通じる深い感銘を与え続けている。

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