打衣

打衣（うちぎぬ）

打衣（うちぎぬ）は、主に平安時代から鎌倉時代にかけて、日本の公家社会で用いられた特別な衣類を指します。その大きな特徴は、生地の表面に独特の加工を施すことで、強い光沢と豊かな張りを持たせている点にあります。「擣衣（とうい）」と表記されることもあります。

この打衣の技法が施された衣類は、特に男性の正装である衵（あこめ）や、女性の正装である袿（うちき）に用いられました。公的な儀式や重要な場面での着用が想定されており、その格式高い装いは、着用者の威儀を正し、見栄えを格段に向上させる役割を担っていました。

技法と効果

打衣に独特の質感を与えるための加工は、非常に手間のかかるものでした。その手順は以下の通りです。

1. 糊付け：まず、加工する生地全体に、薄く調製した糊を均一に塗布します。
2. 乾燥：糊を塗った生地を、風通しの良い場所で十分に乾燥させます。これにより、生地が硬化します。
3. 砧打：乾燥して硬くなった生地を、木製の台である砧台（きぬただい）の上に広げます。そして、硬い木製の杵（きね）を用いて、生地の上からこれを力強く、かつ均等に叩きつけます。この叩く作業そのものを「砧打（きぬたうち）」と呼びます。
4. 強張り調整：砧打を行うことで、生地に付着した糊の硬さを適度に調整し、生地そのものの密度を高めます。
5. 研磨：最後に、貝殻や滑らかな石など、平滑な道具を用いて生地の表面を丁寧に磨き上げます。この工程により、生地に美しい光沢が生まれます。

この一連の加工を経ることで、打衣には以下のような多岐にわたる効果が得られました。

防水効果の向上：繊維が密に締め固まるため、ある程度の防水性が生まれます。
強い張りの付与：生地が非常に硬く、強い張りを持つようになります。
衣紋の保持：生地に張りがあるため、着用した際の装束の形（衣紋）が崩れにくく、常に美しいシルエットを保つことができます。
見栄えの向上：光沢と張りがあることで、衣類がより豪華で格調高く見えます。
耐久性の向上：生地が引き締まることで、摩耗や型崩れに強くなり、耐久性が増します。

打衣という名称は、この加工工程の中心である「砧で生地を打つ」という作業に由来しています。この独特の技法が生み出す光沢と張りは、当時の公家装束において非常に重んじられました。

技法の変遷

打衣の技法は長い間用いられましたが、後に同様の効果が得られる別の加工法が登場します。それが「板引（いたびき）」です。板引は、生地を板の上に張り付けて引き伸ばすことで光沢と張りを与える技法であり、砧打に比べて効率が良かったためか、徐々に打衣の技法に取って代わるようになり、室町時代以降には板引が主流となっていきました。

このように、打衣は古代から中世にかけて、日本の染織加工技術の一つの到達点を示すものであり、当時の人々の美意識と実用性が融合した衣類でした。その技法は衰退しましたが、当時の装束文化を知る上で重要な要素の一つです。

関連項目

板引（いたびき）
衵（あこめ）
袿（うちき）
* 砧（きぬた）

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