斬、

斬、：時代劇の枠を超えた、生と死の問いかけ

2018年11月24日公開の日本映画『斬、』（英題：Killing）は、鬼才・塚本晋也監督による初の時代劇作品です。監督自ら脚本、撮影、編集、製作、そして主演を務めるなど、彼のこれまでの作風を踏襲しつつ、新たな境地を開拓した意欲作と言えるでしょう。20年以上に渡って温められてきた企画が、遂に日の目を見たのです。

本作は、第75回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門、第54回トロント国際映画祭マスターズ部門、第23回釜山国際映画祭ガラ・プレゼンテーション部門と、数々の国際映画祭に選出され、高い評価を獲得しました。その高い評価は、単なる時代劇の枠を超えた、作品が持つ哲学的な深みと、現代社会に通じる普遍的なテーマへの洞察力によるところが大きいです。

時代劇というフォーマットを通して問われる「生と死」

塚本監督自身は、本作について「1本の刀を過剰に見つめ、なぜ斬らねばならないかに悩む若者を撮りたいと思った」と語っています。江戸時代末期、開国論で揺れる時代を背景に、若き浪人・都筑杢之進の葛藤が中心に描かれます。彼は農村で生活しながら剣の腕を磨き、農家の娘・ゆうと恋仲になるも、動乱の時代に巻き込まれていきます。

杢之進は、人を斬ったことのない、純粋な心を持つ浪人として描かれています。彼の内面には、武士道や殺戮といった、時代劇における典型的なテーマとは異なる、現代的な葛藤が渦巻いています。これは、現代社会における葛藤や矛盾を、時代劇という枠組みを通して表現しようとした監督の試みと言えるでしょう。

山形県鶴岡市での撮影と、故・石川忠氏へのオマージュ

映画の撮影は、2017年8月末から9月にかけて、山形県鶴岡市で行われました。全編に渡って美しい自然風景が映し出され、時代劇特有の侘び寂びの世界観を作り上げています。また、本作の音楽は、長年塚本作品に携わってきた故・石川忠氏が担当しました。石川氏は本作の完成を見ることなく2017年12月に亡くなりましたが、塚本監督が彼の遺志を継ぎ、音楽を完成させたという背景も、本作に深い意味を与えています。その完成度の高さは、第51回シッチェス・カタロニア国際映画祭最優秀音楽賞受賞という結果に繋がりました。

主要キャストと、各賞受賞

主要キャストには、池松壮亮、蒼井優、中村達也、塚本晋也といった実力派俳優が名を連ねています。彼らの演技は、物語に深みとリアリティを与え、観る者の心を揺さぶります。

本作は、数々の映画賞を受賞しました。第33回高崎映画祭では最優秀作品賞と最優秀主演男優賞（池松壮亮）、第73回毎日映画コンクールでは優秀助演男優賞（塚本晋也）を受賞。さらに、キネマ旬報ベスト・テン、日本インターネット映画大賞、アジア・フィルム・アワード、芸術選奨など、数々の賞に輝き、その高い評価を改めて証明しました。

世界的な評価と、作品が投げかける問い

ヴェネツィア国際映画祭では、審査員長を務めたギレルモ・デル・トロ監督から「サムライを兵器として描き、刀で斬ることの理由を問う残忍な寓話」と高い評価を得ました。また、文部科学大臣賞の受賞理由では、「日本映画史上の時代劇に敬意を払いつつ、『人を斬る』ことの意味を通じ、今までの時代劇には見られない『生と死』を巡る哲学的な考察に踏み込んでいる」と評されています。

『斬、』は、単なる時代劇を超えた、現代社会への鋭い問いかけを込めた作品です。「斬る」という行為を通して、生と死、そして人間の存在意義について深く考えさせられる、まさに「観る者の心を揺さぶる」傑作と言えるでしょう。

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