橘曙覧

橘曙覧（たちばな あけみ）

橘曙覧は、文化9年（1812年）に越前国（現在の福井県福井市）に生まれた幕末期の歌人、国学者です。本名は五三郎、後に尚事と名乗り、安政元年に曙覧と改名しました。橘諸兄の血を引くとされる橘氏の家柄であり、国学者の田中大秀から橘の名を与えられました。

生涯

曙覧は幼い頃に両親を亡くし、叔父の後見を受けて育ちました。家業の商家を継ぐことを嫌い、28歳で弟に家督を譲り隠遁生活に入ります。その後、京都で児玉三郎に学び、飛騨高山で田中大秀に入門し、国学と和歌を学びました。本居宣長を敬愛し、その学問を受け継ぎながら、独自の歌風を確立していきます。

清貧な生活を送りながら、門弟からの援助や寺子屋の月謝で妻子を養いました。足羽山で隠遁生活を送った後、三ツ橋に住居を移し、「藁屋」と名付けました。安政の大獄では、謹慎中の松平春嶽の命を受けて『万葉集』の秀歌を選びました。春嶽は曙覧の学識を高く評価し、出仕を求めましたが、曙覧はこれを辞退し、在野の歌人として生きる道を選びました。

慶応4年（1868年）に57歳で亡くなり、福井市の大安寺に埋葬されました。大正8年（1919年）には、その功績が認められ正五位を追贈されています。

歌風と評価

曙覧の歌は、華麗な技巧や難解な表現を避け、日常の何気ない出来事や心情を率直に表現しているのが特徴です。家族との触れ合い、自然の美しさ、貧しいながらも心豊かな生活を送る喜びなどを、平易な言葉で歌い上げました。

特に有名なのが、『志濃夫廼舎歌集』に収められた「独楽吟」です。「たのしみは」で始まる一連の歌は、日々の生活の中にある小さな幸せを大切にする心情が込められており、多くの人々に共感を与えています。

正岡子規は、曙覧を「源実朝以後、歌人の名に値するものは橘曙覧ただ一人」と絶賛し、その歌を高く評価しました。また、明仁天皇（当時）がアメリカを訪問した際、ビル・クリントン大統領が歓迎の挨拶で曙覧の歌を引用したことで、再び注目を集めました。

国学者としては愛国的な歌も詠んでおり、その一首が「愛国百人一首」に選ばれています。三島由紀夫が結成した組織「楯の会」の名は、曙覧の歌に由来します。

業績

志濃夫廼舎歌集（しのぶのやかしゅう）：曙覧の代表的な歌集。860首の短歌が収められています。
藁屋詠草（わらやえいそう）：15首の長歌を収めた歌集です。
藁屋文集（わらやぶんしゅう）：随筆集。原稿は焼失しましたが、写本が現存しています。
榊の薫（さかきのかをり）：伊勢神宮参拝の यात्रा记。
* 囲炉裡譚（いろりがたり）：随筆集。


福井市には、曙覧の旧居跡に橘曙覧記念文学館が開館し、その生涯と業績を伝えています。

橘曙覧は、飾らない言葉で心の機微を表現し、日々の生活に喜びを見出すことの大切さを教えてくれる歌人として、今も多くの人々に愛されています。

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